「低炭水化物ダイエット」を巡る報道が混乱している。「逆に死亡率が上がる」という記事もあり、気になるところだ。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が解説する。
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このところ、「死亡率高まる?」などと全国紙を含めた各新聞紙上をにぎわせている、厚生労働省の研究班が発表した低炭水化物ダイエットの危険性。初めて目にしたのは、先週末だった。見出しは以下の通り。
「糖質制限ダイエット、長期は危険? 死亡率高まる恐れ」。その内容は「糖質制限食を5年以上続けると、死亡率が高くなるかもしれないとする解析結果」というもの。翌日以降、他紙も追いかけるように報道したがどうにも引っかかる。統計学をベースにした疫学調査なのに「死亡率が高くなるかもしれない」という歯切れの悪い内容だ。
「27万人を対象に行われた5~26年の追跡調査を元にした」という、この論文は既に世界に発表された9件の論文を研究班が解析したもの。医療関係者用の複数の検索エンジンで、“low-carbohydrate diet”や“carbohydrate-restricted diet”などのキーワードで関連する研究論文を選択したという。
決して英語が得意ではないので、大学の医療研究事情に詳しい複数の知人にこの論文について聞いてみると、「まず” Low-Carbohydrate Diets“は『低糖質ダイエット』と訳さないほうがいい」という。一般に、炭水化物と糖質は同義で使われることが多いが、「糖質」は糖類(砂糖<二糖類>やブドウ糖<単糖類>など)+デンプン質(多糖類)で、その糖質に食物繊維が加わったものが「炭水化物」と定義されることが多い。
しかもPlos Oneの論文では「炭水化物制限」自体が死亡率が上がる原因とは特定されていない。論文内では炭水化物制限ダイエットをしている人の食生活を指して「繊維や果物の摂取量が少なくなる傾向がある」、「動物性タンパク質、脂肪、コレステロールの摂取量が増加しがち」と言及している。そしてこうした食傾向が「脳疾患などの危険因子である」とも。つまり、野菜の摂取量が減り、肉ばかりを食べる傾向が問題だというのだ。
2010年にハーバード大学の研究チームが発表した「低炭水化物食を摂取した13万人、20~26年の追跡調査」では調査対象者の食事内容にまで踏み込んでいる。動物性脂肪・タンパク質摂取群と植物性脂肪・タンパク質摂取群にわけて解析すると、死亡リスクが高くなったのは動物性脂肪・タンパク質摂取群のみ。植物性脂肪・タンパク質を中心とした低炭水化物ダイエットを行うと、むしろ死亡率が下がるという調査結果も出ている。
今回発表された論文では「低炭水化物ダイエットと、(今回の調査での)死亡原因の間に明確な相関関係があるか、生物学的には十分に説明されていない。そのメカニズムを明らかにするためのさらなる研究が望まれる」と結んでいる。
前出の大学の医療研究事情に詳しい知人は今回の調査への印象をこう語った。
「そもそも寿命というのは、食生活を含めた環境因子に遺伝的要素も加わって決定されるもの。この論文の解析対象となったと思われる論文も炭水化物以外のデータの精度がまちまちです。今回の研究には厚労省の助成がついているので、最低でも論文を発表しなければならなかったのでしょう。また、今回の研究班の中心となったのは東大の研究チーム。低炭水化物ダイエットについては、東大の有力者の間でも見方がわかれている。この論文の歯切れの悪さは学内のパワーバランスが影響しているのではと邪推したくなってしまいます。そもそも、新聞の科学記事には残念な内容のものが多いんですよ」
極端すぎる情報は鵜呑みにはできない。それは見出しも健康法も同じである。