【書評】『55歳からのハローライフ』村上龍/1575円/幻冬舎
【評者】末國善己(文芸評論家)
中学生に向けて、将来どんな仕事を選ぶのかを問い掛けた職業ガイド『13歳のハローワーク』を発表した村上龍が、その姉妹編ともいえる連作集『55歳からのハローライフ』でテーマにしたのは、人生の節目を迎え、老後の生活を考え始める50代の男女のセカンドライフである。
5つの中編小説で描かれるのは、現代を生きる中高年なら誰もが直面するような等身大のエピソードばかりだ。
離婚を機に家を出てバイトを始めた女が、結婚相談所に登録して婚活を始める『結婚相談所』は、熟年離婚の光と影を端的に描いている。会社をリストラされ、バイト生活を送るうちにホームレスになることを危惧するようになった男の前に、ホームレス同然の中学時代の同級生が現れる『空を飛ぶ夢をもう一度』は、失業と貧困の恐怖がリアルに感じられる。
会社を早期退職した男が、妻と一緒にキャンピングカーで全国を旅したいという夢を、当の妻に否定される『キャンピングカー』は、夢に対する考え方が男と女ではまったく異なる事実が浮かび上がるのも興味深い。
愛犬の死で心身ともに疲れた主婦が、夫の言動にもいらつくようになる『ペットロス』は、動物が好きなら共感も大きいはずだ。そして最終話『トラベルヘルパー』では、仕事が激減したトラックドライバーの恋が描かれる。
本書の主人公たちは、日本が好景気だった時代を知っているだけに、長引く不況で経済的に追い詰められている現状に戸惑い、先行きにも不安を感じている。ただ、社会の閉塞感に苦しんでいるのはどの世代も同じなので、作中に出てくる葛藤は中高年でなくても身につまされるはずだ。
厳しい現実を突きつけられたり、夢を打ち砕かれたりする物語が続くだけに、読み進めるのがつらくなるかもしれない。ただ本書の主人公は、いずれも思わぬ人物との出会いをきっかけにして、これまでの人生を見つめ直し新たな一歩を踏み出すので、ラストには晴れやかな気分になれる。
他人を信頼することで再生していく主人公たちは、人の心を動かす“絆”の重要性を改めて教えてくれるのである。そして全盛期の栄光にすがりつくのをやめ、平凡な日常生活のなかに幸福の種を見つけ、それを育てていくようになる展開は、将来に希望が持てなくなっている現代人に、意識を変えるだけで未来は明るくなると気づかせてくれるので、困難に立ち向かう勇気が湧いてくる。
※女性セブン2013年2月14日号