微小粒子状物質「PM2.5」を主因とする中国の大気汚染は、西日本を中心としたわが国にも到来するなど、深刻さを増している。北京ばかりでなく、内陸の成都や南部の広州なども、有害な霧に包まれてしまった。だが、当の中国人たちの危機感は稀薄だ。
中国一の商業都市、上海でも摩天楼の上の部分は不気味なモヤに包まれている。市民たちは口々に「変なニオイがするねえ」と言葉を交わすものの、街行く人たちのうち、マスクをしている人は少数に過ぎない。
そんな中、中国はまもなく、旧正月である春節を迎えようとしている。今年は2月10日が新年の始まりにあたり、現地の企業では大型休暇を前に、日本でいう忘年会にあたる「迎新会」開催シーズンに突入している。
各企業は高級ホテルの宴会場やレストランを予約し、コーリャンなどで作ったアルコール度数40度以上という白酒を酌み交わして大騒ぎするのが春節前の風物詩。だが、今年は中国政府の指導者交代によって異変が起きているという。
2012年11月に中国共産党総書記に就任した習近平氏が、公務員の経費節減を強く打ち出した。すでに昨年3月、公務宴会・公務海外出張・公用車の「3公」に対する締め付けが厳しくなっていたが、習氏はそれを加速させ、贅沢な宴会を禁じる規定を発布したのだ。
一般企業にもその余波は及んでおり、ホテルやレストランには宴会キャンセルの連絡が相次ぎ、「飲食業界は思わぬ苦境に立たされている」という。
上海の国営企業で働く中国人男性の話がそれを裏付ける。
「北京では昨年のうちから宴会自粛が言い渡されていたようですが、上海には波及しておらず、ウチの会社は例年通り宴会をやる予定だったんです。しかし、いきなり今週になって幹部から中止するよう申し渡され、急遽会場をキャンセルしました」
船出したばかりの習近平政権は「最初が肝心」とばかりに、引き締めを中国全土にまで広げつつあるようだ。
ちなみに、日本の忘年会と同じように余興もあり、今年の流行りは若手社員による「江南スタイル」だそうだ。仕事の空き時間に会議室で振り付けの練習していたという別の国営企業若手社員は次のように証言してくれた。
「私の職場も、ホテルでの「迎新会」が土壇場で中止になりました。その代わり、会社のミーティングルームに全社員が集まり、食事なし、アルコールなしでの会を開いて代用しました。シラフで踊る江南スタイルは、ちょっと辛かったです」
苦笑する彼に、「年に1度の宴会が中止とは、さぞかしがっかりしたのでは」と聞いてみると、むしろ喜んでいるとの意外な答え。
「幹部から下っ端までが一同に会す宴会を開けば、お互いに度数の高い白酒を注ぎあってグラスを空けるのが礼儀だから、それはそれで大変。例年、かなりの量を飲まなくてはいけない。多くの社員と乾杯をすることになる社長も、中止になって心から嬉しそうでした」
であれば、気になるのは宴会需要を見越していたホテルやレストランの経済損失。だが、レストランは潤っているというのが、『中国人の取扱説明書』(日本文芸社刊)などの著書があるジャーナリストの中田秀太郎氏。
「中国の飲食関係者にいわせると、今年は特需だそうです。宴会のキャンセル料がかなり入っているほか、政府が禁止していない部署ごとの宴会に変更して、宴会はやっぱり開かれている。格式ばらないで済む部署での宴席は、社員からも好評のようです」
中国には「上に政策あれば下に対策あり」という言葉があるが、たとえ有害な霧が国土を覆ったとしても、中国人の宴会は止まることがないようだ。