今期も独特の視点からドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所の山下柚実氏。注目したのは土曜深夜の異色作だ。
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「6.4%」。前回第4回目の視聴率です。とても高いとは言えない。でも、数字なんてどうでもいい。そう思わせてくれる、ぶっ飛んだドラマが土曜日夜11時10分からの『カラマーゾフの兄弟』(フジテレビ系)です。
ザラザラ、ヒリヒリした緊張感。ちょっと触ったらヤケドしそうな、ただれた世界。怖い。なのに一瞬たりとも目が離せない。
まず、ロシア文学の巨星・ドストエフスキーの誰もが知っているあの古典を、日本で初めてドラマ化した勇気に一票。そして、ドラマの出来は、さらに何票か上乗せしたくなるハイレベル。
脚本は大胆に、日本の話に書き換えられています。カラマーゾフ家は「黒澤家」。舞台はカラスが飛び回る「烏目町」。ヒモのような長男役は斎藤工、弁護士の次男が市原隼人、医大生の三男は林遣都。3人の男優が、それぞれ違うキャラクターを鮮やかに演じ分けている。そして、不動産・建設業を営む父・文蔵を、ベテラン舞台役者の吉田鋼太郎が。ものすごい怪気炎を吐いています。
感情の起伏が激しく、暴力的精神の持ち主の父親が実に生々しい。その父親の怖さは、次男役・市原隼人がじっと静止し射抜くような眼光だけで演技をすればするほど、対比的に際立つ。そんな構造なのです。
残酷で野卑な父親を、誰かが殺す。殺人事件が怖いのではない。人が人を追いつめていく精神のあり方が怖い。憎しみの深さが怖い。舞台を日本に置き換えても、原作のテーマはきっちりと押さえられています。
原作『カラマーゾフの兄弟』は、神と信仰をめぐる論争シーン「大審問官」でも有名です。時に「宗教小説」とも呼ばれてきました。そんな難解な小説を、現代風にアレンジしドラマ化する企画はいったい誰が考えついたのか。フジテレビ編成部の、なんという無謀な着想力。
例えば、三男が医大生という設定は、単なる思いつきではないらしい。「当時の宗教のように、現代人が盲目的に信じるものとして医学を位置づけた」とか。なるほど「盲目性」という共通項から考え出されている。細かい詰めが効いている。だからこそ、犯人は誰か、と筋を追うだけの単線形ドラマにならなかったのでしょう。
「カラマーゾフ」はロシア語で「黒く塗る」という意味。映像は、黒を基調としたダークな質感。音楽は、ローリングストーンズの「Paint It, Black (黒くぬれ)」。かと思えば、ビートルズの「Blackbird(黒い鳥)」が流れてくる。
配役+脚本+演出。複数の要素が、重層的に響き合っている。ポリフォニックな構成力が、ドラマ『カラマーゾフの兄弟』の魅力を創っています。
とすれば、もう一つ。触れておかなければいけないポリフォニックな要素が。それは、ドラマの間に流れる日産のCMです。『カラマーゾフの兄弟』の重たい世界を反転させた、パロディー版「バカリーズムの兄弟」。芸人・バカリズムの「ぼっちゃま」が、運転席の髭の執事と財産をめぐって会話を展開する。「ドラマinドラマ」手法のCM。実に凝っていて、シャレている。拍手。これも「ポリフォニック」な構成の妙。
土曜日深夜11 時10 分からの枠は今、ドラマのみならず、CMも含めて、秀逸なエンタテインメントに仕上がっています。