作家・村上龍氏の連作中編小説、『55歳からのハローライフ』の中にこんな1篇がある。
会社の早期退職制度に応募した主人公は、中型のキャンピングカーを購入して妻と日本全国を旅する「サプライズ計画」を持っていた。だが、退職を祝う家族パーティーでそのことを打ち明けると、当の妻から難色を示されてしまう――。
小説の中では実現しなかった憧れの定年ライフだが、同じような夢を持つシニア世代を中心に、いまキャンピングカーはちょっとしたブームになっている。
日本RV協会によると、日本国内のキャンピングカーの総保有台数は、緩やかに増え続けて約7万5600台。ユーザーの年齢構成を見てみると、60歳代が34.3%とトップだ。
既存のトラックやワンボックス車を改造したキャンピングカーは、これまでも専門の製作業者らによって数知れず販売されてきたが、欧米のように文化や趣味として根付くことはなかった。その理由について、自動車ジャーナリストの井元康一郎氏が語る。
「車内で1週間も寝泊まりできる装備がついたキャンピングカーともなると、車体は大きいし車幅も広い。本格的に車で旅をするのが趣味の人でないと、持て余してしまうんです。そもそも欧米と違って日本は何週間も休む文化はないし、生活大国といえるほど自分の時間を持てる社会ではありません。わずか数日遊ぶために高価なキャンピングカーを買うなんて人は、一握りの富裕層に限られていたわけです」
しかし、日本人が求めるカーライフの変遷とともに、新たなキャンピングカー需要も芽生えている。
「ホンダが昨年、軽自動車の『N BOX』を発売したとき、車中泊ができることを売りにしていたので驚きました。そんなミニチュアカーで? と思いましたが、実際にシートを倒したら床がフラットになり、大人2人がラクに寝られる。軽だから維持費も安いし、何より普段使いができるクルマが立派なキャンピングカーにも早変わりする。これはいい提案だなと感心しました」(井元氏)
井元氏は、小回りの利く<安・近・短>用のお手軽キャンピングカーが売れる時代だと分析する。
2月8日から千葉市・幕張メッセで行われている「ジャパンキャンピングカーショー2013」でも、ダウンサイジングの傾向は明らかだった。
広大なブースに所せましと並べられた252台のキャンピングカー。車内にベッドやソファー、テーブルのほかキッチン、冷蔵庫、トイレ、シャワー、犬小屋まで設置してある車もあり、その光景はさながら住宅展示場のよう。
一方、それらフル装備の大型キャンピングカーよりも注目を集めていたのが、やはりワンボックス車やミニバンの内装に手を加えた「バンコン」と呼ばれるキャンピングカーと「軽キャンピングカー」だった。
軽キャンパー専門店では、屋根に30ワットのソーラーパネル、車内にはサイドキャビネットを有効活用した棚が作られ、炊飯器や電子レンジが置けるスペースも十分。こんな軽キャンピングカーが100万円台から買えるとあって、多くの来場者が群がっていた。
「震災以降、いつでも避難できるようにクルマに衣料や食糧、カセットコンロなど生活必需品を詰め込んでいるのですが、こんなキャンピングカーがあったら給電もできるし便利。夫婦2人で後部座席は使わないので、買い替えようかと思っています」(70代男性)
余暇への用途に加えて、災害対策としても脚光を浴びるキャンピングカー。その可能性は確実に広がりを見せている。
「例えば、既存のハイブリッド車は、一軒家の電力が十分に賄えるほど巨大な発電機を積んでいるようなもの。出力は制限されていますが、今後ハイブリッドのミニバン車種が増えていけば、キャンピングカーとしてのニーズはますます増えるでしょうね」(井元氏)
キャンピングカーの持つ利便性、低価格化が再認識されれば、“若者の車離れ”も防げるかも?