テレビ局にとって、スポーツ中継は欠かせないコンテンツのひとつだ。また、今では世界中の様々なスポーツ中継をCSやBS、さらにはインターネット中継などで見ることが出来る。フリーのアナウンサーとしてCSなどでスポーツ実況をしている元テレビ愛媛アナウンサーの住田洋さんが、スポーツ実況アナのトレーニング方法、どうして絶叫や連呼が多くなるのか解説する。
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テレビ愛媛に入社して2年目のとき、初めてスポーツ実況を担当しました。実況の練習というのは、基本的に人真似から始まります。教科書や教則本はありません。過去の試合ビデオを見ながらシャドーイングのように実況の口まねをしたり、試合や練習を観に行って、体育館の隅でブツブツとエア実況をやりました。
毎年3月に開催されていた全国高等学校バレーボール選抜優勝大会、通称、春高バレーは、かつての勤務先、テレビ愛媛も含めたフジテレビ系列が中継を担当する重要な大会でした。始まる前には、系列局の若手アナウンサーがフジテレビに集まって研修を受ける機会がありました。各々がスポーツ実況をしたビデオを持って行き、評価してもらうんです。
ある年の研修に、ひどい実況だと自覚していたので気がすすみませんでしたが、少年柔道大会のビデオを持って行きました。当然ですが「ひどいね」と言われました。
そのとき、実は風邪をひいた先輩の急な代役で、全然準備できなかったと説明したら、「そういう言い訳は、見ている人には関係ない。アナウンサーとしてマイクの前に座ったら、みんな一緒」と指摘されました。甘い考えの新人だった私に、どんな状況でもプロとして仕事をする心構えを教えてもらえた貴重な体験でした。
春高バレーの全国大会は、一度にたくさんの試合がおこなわれます。そのため、フジテレビだけでは人手が足りず、地方局のアナウンサーも実況をします。でも、系列なら誰でも実況できるわけではありませんでした。地方大会の中継ビデオをフジテレビのアナウンサーが見て、OKが出たら担当できるんです。私は2回、実況する機会に恵まれました。
東京での全国大会本番では、実況アナウンサー全員でデータを共有していました。各々が実況するために用意した資料を、同じファイルへ保存していくんです。それを見ると、先輩アナウンサーがどんなまとめ方をしているのか見ることも出来ました。私がいま実況で使用する資料作りの基本は、春高バレーで使っていたノウハウが元になっています。
最近は、主にネットで実況アナウンサーが批判される言葉を目にします。でもスポーツ中継というのは、プロデューサー、ディレクター、カメラマンにスイッチャーなど、多くの人が協力してつくりあげる番組です。実況の仕方も、アナウンサーがひとりで決められるものではない。この中継番組はどんな人へ向けて何を伝えるかなどを考え、みんなで作っていくのです。
たとえば地上波の中継は、興味がない人にも見てもらえる工夫をしなければなりません。その場合、分かっている人には意味がないルールの説明や、同じ言葉を繰り返すことも必要になります。
私自身、同じ言葉を何度も言ってくださいと言われたことがありました。重点的にとりあげたいバレーボールチームがテーマにしている「魂」という言葉を印象づけるために、繰り返し入れる必要があったのです。
生中継ではなくダイジェスト中継になるので、試合を振り返ったときに要所となるタイミングで「魂」という言葉がないといけません。でも、得点機会が多いバレーボールは、終わってみないと重要ポイントがどこかわかりません。どの得点で編集しても問題が起きないように、何十回も「魂」という言葉を入れて実況しました。
一方、CSやBS、たとえば私が実況を担当しているJ SPORTSでのラグビー中継は競技に興味がある人が見ています。だから、「前へボールをこぼしました、ノックオンです」といったようなルール説明などいらない。でも地上派では必要です。
中継番組のニーズに合わせ、アナウンサーは実況の仕方を変えます。だから、いまネットでよく批判されているアナウンサーも、CSやBSだったら、全然、違う実況をすると思いますよ。
■住田洋(すみだ ひろし) 1974年生まれ。大阪府出身。テレビ愛媛に10年半勤務したのち2009年からフリーに。J SPORTSラグビー実況、前橋競輪中継司会、全国高校野球選手権大会栃木県大会(とちぎテレビ)実況などスポーツに限らず、『夕なび 湘南~横浜』番組内の「ざっくぅ対決」コーナーでは、子どもとゆるキャラ”ざっくぅ”のPK対決実況も。バレーボールのC級審判資格を持つ。趣味はトライアスロン、鉄道の旅。株式会社ジョイスタッフ所属。