名優たちには、芸にまつわる「金言」が数多くある。映画史・時代劇研究家の春日太一氏が、その言葉の背景やそこに込められた思いを当人の証言に基づきながら掘り下げる。飄々とした人物を演じることが多い俳優、橋爪功のもうひとつの顔、悪役を演じるときに息が合う相手についてとりあげる。
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近年では映画『東京家族』や連続ドラマ『京都迷宮案内』(テレビ朝日)などで朴訥、飄々とした主人公を演じることが多い橋爪功。だがその一方、若手の頃から悪役も数多く演じてきた。
彼の演じる悪にはいつも、現実離れしたコミカルさはない。一見どこにでもいそうな平凡な人間の裏側に、一皮むくと恐ろしい本性が隠れている。そして、容赦なく狡猾に主人公を追いつめるのだ。その目には背筋が寒くなるような怖さが漂っている。
だからこそ、橋爪が悪役を演じるとドラマに緊迫感がもたらされる。近年でも、連続ドラマ『告発~国選弁護人』や時代劇『樅の木は残った』(ともにテレビ朝日)といった田村正和主演作で、田村の演じる主人公に立ちはだかり、物語を盛り上げた。
この二人には「手が合う」という言葉がピッタリだ。『カミさんの悪口』(TBS)など、長年にわたり幾多のテレビドラマで息の合った芝居を見せてきた。
片や往年の映画スター・阪東妻三郎の三男としてデビューし、スター街道を歩み続けてきた田村。片や新劇出身の叩き上げである橋爪。芝居のタイプも役者としての道程も全く異なる両者だが、橋爪は普段は田村を「殿」と呼んで慕うほど仲が良く、互いに厚く信頼し合う。
「田村正和が好きなんだ、俺は。見事なまでに映画俳優、スターじゃないですか。日常生活と仕事とを全く分けていらっしゃる。ものを食べているところをあまり人に見られたくないので、なるたけ会食もなさらない。そういう自制心が凄いです。
かつては映画をやっていらっしゃったけど、ある時に『これからはテレビだ』と思ったそうです。テレビに関しては非常にアンテナを張っている。一方、舞台もずっとおやりになっていて、大ファンもいっぱいいた。それがある時、自分の歳も考えて、ちょっとでも『無理かな』と思った時に潔くやめる。
自分と現実を考え、そういう世界に対する認識が非常に的確な人で、この人は凄いと思ったんですよ。それで、ファンになっちゃったの。そうやって現状を把握する頭、自分を商品として見るスタンス、僕には本当にマネができないですから」
※週刊ポスト2013年2月15・22日号