4月にこけら落としを迎える新・歌舞伎座(東京・東銀座)。目玉となる公演が期待されていた中村勘三郎さん(享年57)、市川團十郎さん(享年66)が相次いで亡くなる予想外の事態に、歌舞伎関係者はこう危機感を募らす。
「ふたりの死は2大スターを失ったというだけにとどまりません。今はまだ勘九郎や七之助、海老蔵ら息子たちへの“頑張れ”という期待感で盛り上がっていますが、本当に苦労するのはこの後です。下手をすると歌舞伎400年の歴史を途絶えさせてしまうことになりかねない事態です」
團十郎さん亡き後、早くも囁かれているのが、市川海老蔵(35才)の團十郎襲名だ。歌舞伎界では、親から子へ、その名が代々受け継がれていくのが習わし。しかもそれは長男が継ぐというのが暗黙の了解となっている。早稲田大学文学部教授の児玉竜一さんが説明する。
「襲名には、親から受け継がれる伝統を背負い直すことで、その看板に恥じない存在に成長するという意味があります。襲名は歌舞伎界に限らず、日本古来からあった風習で、大名家、町家でも屋号や父祖の名前などを襲名していました」
ただし、歌舞伎界の場合、名前の看板を背負うには相応の技量を身につけなければならない。公式的には、「ひいき筋などの推薦によって自然に決まる」などとされているが…。
「実際には興行主である松竹の発言権が大きい。したがって、海老蔵さんがこの先どこまで成長できるかは未知数ではありますが、歌舞伎の危機を救うカンフル剤として襲名を早める可能性は充分あります」(児玉さん)
とはいえ、歌舞伎界は伝統芸能である以上、まずは形式を重んじるのが筋となる。
「團十郎家は神道を信仰しているので、本来なら神道における弔い行事が区切りのタイミング。亡くなった十二代目は『20年祭』(20年後の弔い行事)で襲名しました。そこまで待てず『10年祭』や『5年祭』になる可能性もないとはいえません」(児玉さん)
海老蔵は、西麻布での殴打事件や隠し子騒動など、やんちゃなイメージが先行するが、肝心の芸に対する評価はどうだろうか。2008年には31才で自ら座頭を務めた公演も開催され、客の入りもいいというが…。
「海老蔵さんは素質抜群ですが、芸はまだ完成していません。これから苦労すると思います。もっと上の世代と共演して修業しなければならないのですが、お客さんを呼べるので、自分がトップとなる公演が多いのです」(児玉さん)
歌舞伎界は「50才から75才くらいまでがいちばん技量が磨かれる」といわれるほど芸の懐が深い。勘三郎さんも生前、「40、50は洟垂れ小僧」とよく口にしていた。
「かつて能を大成した世阿弥が『時分の花』『真の花』といったように、“生の若さ”と、“技量で作り上げた美しさ”があって、若い頃の美しさは、目も奪われるが飽きるのも早い。一方、技術に培われた若さは、そうそう変わらない。円熟味が増して、ますます磨きがかかるんです」(児玉さん)
その意味で、最もよいお手本だった先代・團十郎さんの死は、海老蔵にとってあまりにも痛いという。
※女性セブン2013年2月28日号