レスリングが五輪の中核競技から除外されると明らかとなったニュースが伝えられて以来、日本では何が悪かったのかと右往左往するような情報ばかり流れている。五輪存続を求めるネット上の署名活動も大半が海外発で、日本は受け身のままだ。その一方で、世界の要人たちは次々と五輪での存続を求める活動を始めている。
除外が決定した翌日、2月13日には、ラムズフェルド元米国防長官がさっそくIOC委員あてに公開文書を送った。
IOC宛ての文書では、高校、大学、海軍時代を通して約10年間に及ぶ自身のレスリング歴が明かされている。そして、レスリングは地理、気候、人種、ジェンダー、経済的背景がどんな状態であろうとも、誰でも取り組める競技であり、五輪からレスリングを失ってしまうと、五輪の伝統そのものが失われると訴えている。
さらに16日付のワシントンポストにも寄稿し、普遍的なスポーツとしてのレスリングの素晴らしさと、その競技水準を保つためには五輪競技である必要があると述べている。
アメリカの高校はレスリングが体育の授業に組み込まれており、学生レスリングの大会では会場が応援の人々でびっしり埋まる。冬はレスリングをして夏はアメフトに勤しみ、レスリングで五輪を目指しながらNFLの選手になったという人もいる。派手さには欠けるがなくてはならないのが、アメリカにとってのレスリングなのだ。
そしてもうひとつの大国、ロシアの反応も素早かった。ソ連時代を含めるとグレコローマンで42、フリースタイルが34、女子で1つの五輪金をレスリングで獲得してきたロシア五輪委員会は、IOCへすぐに抗議を表明。元国会議員でもある五輪3連覇のカレリンも、IOCが決定したその日に地元紙のインタビューに答え、ロシア国会ですぐこの問題が審議の対象となったと明かしている。
ロシアレスリング連盟のマミアシヴィリ会長とカレリンは、ともにプーチン大統領と親しいと言われている。実際にマミアシヴィリが今後の五輪存続対策を述べる中で「プーチン大統領は世界中のレスリング関係者にとって『希望の光』となる」と、格闘技に造詣が深い国家元首の存在をアピールしている。
旗色を明らかにしているのは二大国家の有力者だけではない。レスリングを国技と誇り、ロンドン五輪で金3、銀1、銅2のメダルを得ているイランは、もっと激しい表現で五輪にレスリングが必要だと訴えている。
アハマディネジャド大統領側近のアリアバディ・イラン五輪委員会会長は、レスリングが五輪の中核競技除外となったことについて「我が国のスポーツにとって大打撃だ」と表明している。そして、アリアバディ本人は明言しなかったものの、彼の意を汲んだ地元紙は「イランと米国、ロシアはともに五輪レスリングを危機にさらす“枢軸”に対抗する“同盟”を結成すべきだ」と実に激しい論調の記事を掲載した。
核開発問題や、中東での軍事介入をめぐって緊張関係が続いているイランとアメリカだが、ことレスリングに関しては“同盟”を結ぼうというのだ。
一方、ロンドン五輪でロシアに次ぐメダル数を獲得していながら、日本への呼び掛けは皆無だ。東京と同じ2020年五輪に立候補しているトルコは「レスリング抜きの五輪開催は考えられない」とIOCへの働きかけを明言しており、ロシアから共闘を呼び掛けられている。
日本が蚊帳の外に置かれているのには、そのはっきりしない態度が影響しているのは明らかだ。“お家芸”だと言いながら、日本オリンピック委員会(JOC)も東京都も、なぜか五輪招致とは関わりないと言い続けている。その態度は、前回の五輪招致に敗れた反省が生かされていないのではないかと疑われても仕方ない。
「IOCへのロビー活動の重要性がクローズアップされているいま、レスリングを五輪にとどめる活動で日本が世界の主流に加われない姿は、前回の五輪招致のときに取り残された日本の様子を思い出させる。今回の問題はレスリングという一競技だけの話ではない。2020年東京五輪招致のためには、JOCも政府も一丸となって、世界へ向けて国を挙げた態度表明と行動が必要でしょう」(五輪担当記者)
アメリカ、ロシア、イランに加えて日本も“同盟”に参加してこそ、レスリングの五輪復活だけでなく、東京五輪実現へも近付くのではないか。