二十三日から公開される映画『草原の椅子』(成島出監督)で俳優・佐藤浩市が演じる五十歳の主人公は小さい字を読むとき老眼鏡をかける。そのしぐさがあまりに自然だったので、ふだんの生活でも? と聞くと、「かけますよ」、あっさり返事が戻ってきた。
「ぼくらの年になると一番煩わしいのが説明書の細かい字だよね。携帯電話の説明書とか、一目で読む気なくなるもん」(佐藤・以下「」内同)
五十二歳。映画の中の一サラリーマンという役柄を離れて目の前にいる佐藤浩市にはあたりを圧する映画スターのオーラがあるが、語り口はざっくばらんで飾り気がない。
「銀幕の中で永遠性を求められる俳優もいますけど、ぼくは野面ですからね。本当は髪も染めずに白いままにしたいけど、まだ髪の毛は黒くしといてほしいって事務所が言うもので(笑)」
野面、とはいうものの、すらっとしたスーツ姿は中年太りとはまったく無縁に見える。
「節制? まあ多少はあるかな。四十歳を過ぎたら野菜中心の食事にとか、そういうことはしてますよ。酒を飲むから、そのぶんね。トレーニングは、あんまりやると筋肉が硬くなってケガが怖いんで、今はストレッチ専門です。まぁ、趣味のゴルフのためにやってるのか、仕事のためなのかわからないところはあるんだけど」
いま空前の邦画ブームという。5年連続で洋画の興行収入を上回り、ここ10年で最高の興収1280億円を突破した。その邦画ブームを支える俳優の一人だ。
昨年は『あなたへ』『のぼうの城』へ出演。このあとも、クリント・イーストウッドのリメーク作品『許されざる者』、三谷幸喜が時代劇に挑戦する『清須会議』と、話題作への出演が続く。
デビュー以来、主役と脇役の間を自在に行き来してきた。
「そういう仕事のしかたができるようになったのは三國(連太郎)を見てきた影響が大きいと思います。彼は、役者稼業イコール主役というスタンスではやってなかったから。あっち(脇役)に行ったらもうこっち(主役)には戻れないという意識はぼくにもまったくない。
主役ならばその責任をまっとうするし、脇だからこそできる芝居の遊びの部分も楽しみたい。『許されざる者』なんてジーン・ハックマン(の役)ですよ。現場はきつかったけど、楽しかったな」
過去には確執が伝えられたこともある父・三國連太郎の名前がさらりと口にのぼる。一人の役者として意識し、尊敬している思いが伝わる。
【プロフィール】
●さとう・こういち:1960年生まれ、東京都出身。『青春の門』(1981年)でブルーリボン賞新人賞、『忠臣蔵外伝 四谷怪談』(1994年)で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。出演映画は80作を超える。主演映画『草原の椅子』は2月23日から公開。50歳で突然親友となる男2人と心に傷を秘めた女性、育児放棄で心を閉ざした血のつながらない4歳の少年が出会い、ドラマを織りなす。「この映画を見て、“人生捨てるにはあまりにももったいない”そんな思いをもってもらえたら」(佐藤)
取材・文■佐久間文子
撮影■太田真三
※週刊ポスト2013年3月1日号