ドラマや映画などでよく劇的に演出される余命宣告のシーンがある。「余命は1年です」「3か月もてばいいほうでしょう」。この「余命」の数字に確たる裏付けがないとしたらどうだろうか。
「現在の余命告知は正確でない。軽々しく患者に告げるのは問題だ」と指摘するのは、東京大学医学部附属病院放射線科の中川恵一准教授である。
がん治療は医師ごとに治療法が無数にあった昔と違って、現在は効果が科学的に認められたEBM(evidence-based medicine)に基づく「標準治療」が行なわれる。
がんの種類ごと、段階ごとに内容が変更されて治療が施されるのだ。やがて「これ以上手の施しようがない」という状態を迎えた時点で余命が告げられるわけだが、伝え方が不正確だと中川氏は言う。
「余命告知では『中央値』を使うことが多い。例えば、食道がんで放射線と抗がん剤を使う化学放射線療法を行ない、その後に再発した場合、生きた年月には3か月から3年の幅があり、9か月が中央値というデータが出ています。そうした詳細を省いて単に『余命9か月です』と伝えるのでは、あまりに不正確でしょう」
さらに言えば、そもそもこうした統計データを持っていない医療施設も多く、医師の経験則のみで余命告知がなされることもあるという。こうなると当てずっぽうの世界である。
大学病院に勤めるあるベテラン内科医は、「余命が1か月を切るような悪い状態になれば大体分かるが、それ以上は誰にも正確なことは分からないはずだ」と語る。
しかも、「多くの医師は自分の感覚より余命を短めに告げる傾向にある」(中川氏)のだという。「余命3か月」と言っておいて仮に半年生きれば「寿命を延ばしてくれた」と思われるという意識があるからだ。
※SAPIO2013年3月号