手ブラ騒動、“丸刈り頭事件”など最近、何かとお騒がせが多いAKB48。そんななかで、昨年、卒業した“不動のセンター”前田敦子の存在感が余計に増してきている。最近では前田のモノマネをするキンタロー。も話題だ。AKBにとって前田敦子とはどのような存在だったのか?を改めて考えてみたい。ネット事情に詳しく、AKBを熱く語る論客としても知られ、昨年12月に『前田敦子はキリストを超えた 宗教としてのAKB48』(ちくま新書)を上梓した濱野智史氏に聞いた。
――まず、この本を書こうと思ったわけは…。
濱野:AKBって今国民的アイドルってことになっていますが、アンチも多いですよね。AKBなら叩いて当然なんていう空気すらある。でもAKBの特徴のひとつというのは、そうしたアンチとの戦い、向き合い方にあるんですよ。むしろAKBはネット上のアンチをうまく取り込んでいたアイドルとすらいえる。アンチが騒ぐからむしろ野次馬も集まってくるし、その悪口の中から光るようなアイディアをうまく取り込んで、システム自体を改善してきたのがAKBだからです。
ぼくはそういうネット時代特有のアンチと戦うアイドルとしてのAKBの姿というのを描きたかった。普通、叩かれてるものってクソだからだと思うじゃないですか。ぼくもAKBにハマる1年半前まではそう思っていたんですが、いざ内側に入ってみたら全然違っていた。その驚きをなんとかAKBを知らない人にも伝えたいなと思って書いたのがこの本です。そしてアンチとの戦いということでいえば、やはりずっとセンターをやってきたあっちゃん(前田敦子)のことは外せないだろう、と。彼女はもう卒業しましたけど、ずっとアンチにさらされ続けながら何年間も頑張ってきた存在で、その偉大さは消えないんじゃないかと思ってこの本を書きました。
――AKBにおける前田敦子の存在とはどんなものだったとお考えですか?
濱野:普通、AKBのアンチというと、とにかくAKB全体が嫌いという人をイメージすると思うんです。ただAKBの場合はそうした「AKB外アンチ」ではなくて、AKBのファンなんだけど特定のメンバーが嫌いという「AKB内アンチ」のほうが実は存在として強烈なんですね。AKBでは、総選挙で順位をつけているように序列がはっきりしているから競争も激しい。だから一部のファンが、自分の推しメン以外のメンバーを叩きまくるんですよ。「なんで俺の推しメンが選抜に入らないんだ!おかしい!」といった感じで。
AKBはその悪口や怒りというアンチの“熱量”をうまく取り込んで成長してきた。その矢面に立たされてきたのが、あっちゃんです。一昨年の総選挙で「私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」という言葉を残していますが、普通、アイドルがここまで言わないですよね。自分を嫌いな人がいっぱいいることを前提にして、なおグループのために苦しくてもセンターをやってきた。その構図自体がすごく異様だと思った。あっちゃんは、ネット上で誰もが匿名で悪口を言えて気楽に繋がってストレス発散できしまう、今の時代特有のアイドルの極北だと思ったんです。
――前田敦子のモノマネをするキンタロー。が話題ですが、どう見ていますか?
濱野:かたやキリストを超えたと言われれば、あっさりモノマネのネタにもされてしまったわけですよね(苦笑)。ぼくもやれやれと思いましたが、こうしてお笑いのネタにされてしまうということ自体が、AKBっぽいんですよ。AKBって、マジとネタが絶妙に入り交じっているんですよね。コンサートや劇場公演なんかではすごくまじめに女の子たちががんばっている一方で、彼女たちは常に「ネタ」的な目線で切り取られてしまう。ファンの側も常に2ちゃんねるでそれを格好のネタにして面白がっている。例えば、たかみな(高橋みなみ)や(大島)優子がオッサン扱いされて常にネタにされるとかね。
あと、ぐぐたす(Google+)なんかだと、「またあのメンバーがパンを作るのに失敗してるよ」というのを、その友達のメンバーが実況動画つくってアップしてて、2ちゃんねるでは祭りになってました(笑い)。だからアイドルといっても全然等身大の存在で、かつて「銀幕」や「ブラウン管」の向こう側にいた大女優や映画スターだったら絶対言われないようなネタに満ちている。ほんとそういうしょうもない友達同士で話すようなネタばっかりなんです。だからAKBは、それこそ宗教じゃないですが、絶対にこれしか信じられないという「マジ」の信仰心に近い感情を生む一方で、モノマネなどの「ネタ」にもされてしまう、という両面性を抱えている。そこが面白いんです。
――前田敦子は、モノマネされるようなキャラではなかったと思いますが…。
濱野:確かにそうですよね。でも、なんだかんだで去年AKBでいちばん大きな話題は、あっちゃんが卒業したこと。やはりAKBの象徴のような立場だったわけで、辞めたことでその存在が際立ったんだと思います。やっぱり不在のセンターがモノマネを招き寄せてしまったというか。
AKBが面白いのは、あっちゃんがモノマネされてもスルーしたり怒るわけでもなく、自分達の番組やイベントにキンタロー。を呼んでいっしょにパフォーマンスもしまうというところですね。あっという間にネタにして取り込んでしまうんですよ。こういうところはすごくAKBらしい、いいところではないかと思います。
――モノマネは似ていると思いますか?
濱野:顔は似てないですけど(笑い)、しぐさとか声の出し方とかは似てますよね。よく特徴をつかんでいる。そして『フライングゲット』のキンタロー。のダンスは、すごくキレキレで踊っていますが、むしろあっちゃんは“省エネダンス”と言われていて、ダンスはしなやかでうまいけど、キレはどちらかというとあんまり出さないタイプだった。
それをあえて逆にキレキレで踊ることで、モノマネとしては崩壊してるんだけど、逆に目を見張るな、と。振り付けも完璧で、メンバーも「キンタロー。さんのキレはやばい」と言っているほど。ただのモノマネ芸人じゃなくて、やっぱAKBやあっちゃんのことがそれなりに好きじゃないとあれはできない芸当だなという感じがして、「推せる!」と思いましたね(笑い)。
【濱野智史(はまの・さとし)】
1980年8月8日生まれ。千葉県出身。株式会社日本技芸のリサーチャー。社会学者、日本のネット事情に詳しい批評家。著書『アーキテクチャの生態系 情報環境はいかに設計されてきたか』(NTT出版)で、テレコム社会科学賞を受賞。昨年12月に『前田敦子はキリストを超えた 宗教としてのAKB48』(ちくま新書)を発売。