60代半ばのカメラマンは、最近、恐ろしい誤診を経験した。
「異常に気づいたのは妻でした。妻と映画を観にいったのに、私が映画の内容をまったく覚えていなかったのです。おかしいと思い、脳ドックもある病院で精密検査を受けたが、問題なしと診断されました。しかし、その後、おせち料理を注文した店を思い出せないことがあり、別の病院で再び検査したところ、認知症と診断され、アルツハイマー型認知症治療薬を処方された」
ところが、いくら服用しても症状は悪化の一途を辿り、呼びかけられても反応しなかったり、会話の最中でも突然一点を凝視してボーッとするようになっていった。
「たまたま近所に症状がそっくりな人がいて、てんかんだと聞いた。それで専門病院で診てもらったところ、私もてんかんと診断されたのです。発作予防薬のテグレトールを服用したら霞が晴れるようにすっきりしました」
もしあのまま認知症の治療を受け続けていたらどうなっていたかと考えると、背筋が寒くなるという。
このケースについて清水クリニックの清水弘之院長はこういう。
「高齢者に多い側頭葉てんかんは、短期記憶の障害を伴うため認知症と間違いやすい。記憶力が低下しているだけか、認知機能(日常生活での判断力)にも障害が見られるかの診断が重要になりますが、記憶力の低下だけで認知症と思い込んでしまうことがある。症状と脳波検査から正しい診断を行なうことが大切です」
医療が発達しても、誤診がなくならないのはなぜなのか。東京女子医科大学の喜多村陽一教授(消化器外科)は指摘する。
「今の医療は専門領域が細分化して高度になり、専門知識が増えている。だから、いくら優秀で勉強家の医師でも、専門外の領域まで学びきれず、誤診や見逃しが一定程度は出てきてしまうのです」
医学的知識のない患者側が、医師の誤診を見抜くことは不可能に近い。それでも、誤診にいたる医師の判断や思考を知ることは、誤診を防ぐための手立てとなるはずだ。
※週刊ポスト2013年3月8日号