このほど上梓した『生きる力 心でがんに克つ』(講談社)で、最新の先進医療で食道がんが切らずに消えるまでを綴った作家・なかにし礼さん(74才)。
闘病生活の中で出合ったのが、陽子線治療という最先端の治療法だ。陽子線とは放射線の一種だが、病巣のみに効率よくとどまって照射でき、他の臓器への副作用が少ないため、完治を目指すことができる新しいがんの治療法とされる。
「これだ」とひらめいた彼は、迷わず陽子線治療を行っている病院と医師を訪ね、3月末にはこの治療法でいくと決める。
事前に抗がん剤投与も受け、最初の陽子線治療を受けたのが、5月16日。テレビで告白してからほぼ10週間後のことだった。以後、週に5回、合計30回の治療を受けて、7月20日にCTほかの精密な検査を受ける。この時点で、彼の体から、がんは完全に消えていた。
「作詞した歌が大ヒットした、直木賞をもらった、大きな作品が書けた、などそれまでにも大きな喜びを得たことはいくつもありますよ。だけど、がんからの生還、これほど大きな歓喜はなかった。人生観も変わったね」(なかにしさん・以下「」内同)
がんが完全に消えた安堵、喜びはいうまでもなく、
「この治療法を自分で見出し、自分で選び、その結果が最善のもので、失敗がなかったということが、喜びを何倍にもしたんです」
奇跡のがん治療といってもいいが、それについては、なかにしさんは冷静にいう。
「この新しい治療法の出現で、がんは怖いものではなくなった。しかし、残念ながら、まだまだ“がんは切るもの”という古い考えがはびこっているんです。実際に、この機器が高価だという理由で、購入をためらっている医療機関も多いのですから」
いまのところ、全国どこでも受けられる治療ではないし、治療費の負担も大きい(なかにしさんの場合、自己負担は約300万円)。
だからこそ、国など公の機関には積極的に取り入れてほしいし、個人としてはもしものときのために、最先端の治療法に対応するがん保険で備えてはどうか、と提案する。
その後も続けている3か月に1度の検査でも、まったく異常はない。でも、日常は変わった。「人生観が変わってしまい、以前のように銀座で飲もうという気もなくなってしまった」と笑う。
「そのぶん、いっそう調べ物や読書、映画鑑賞に時間が費やせるようになった。がんから生還したら、書きたいと思っていたものはたくさんあった。だから、なにゆえに生き返ったのか、この命にどういう意味を持たせようかと考えながら、これからも書き続けていくつもりです」
※女性セブン2013年3月14日号