中国共産党の最高指導者に就任した習近平・党総書記にノーベル平和賞が授与される可能性があるとの情報が飛び交った。その理由は習氏が昨年12月、北京で開かれた党の法制部門の会議で、主に思想犯の再教育を図る労働改造所の廃止について触れたからだというが、その発信源を探ってみると、意外なメディアが震源地だったことが分かった。
習氏にノーベル平和賞かという情報を日本語でいち早く伝えたのは、日本語の中国情報サイト「Record China」。2月22日付で、香港の中国系紙「大公報」の記事を引用する形で、「中国の新指導者・習近平氏、ノーベル平和賞の可能性――米メディア」との見出しを掲げ、「2013年2月21日、香港の大公報によると、中国の最高指導者・習近平(シー・ジンピン)氏にノーベル平和賞が授与される可能性があることを米インターナショナル・ビジネス・タイムズ中国版が報じている」との書き出しで伝えた。
そこで、2月21日付の大公報の記事を探してみると「習近平、労働改造所改革でノーベル平和賞受賞も」との見出しを掲げた記事が掲載されていた。この見出しだけをみれば、習氏のノーベル平和賞受賞がほぼ決まったかのような印象だ。
さらに、インターナショナル・ビジネス・タイムズという主に中国経済情報を発信しているウェブサイトの中国語版から元の記事を探してみると、大公報の記事は、20日付の同タイムズ中国語版をほとんど丸写しで報じていることが分かった。
また、タイムズの記事を読んでみると、実はタイムズが初めて習近平ノーベル平和賞受賞説を報じたのではなく、経済専門誌として名高い米「フォーブス」誌の電子版が報じていた。
同誌電子版から、その記事を探してみると、2月18日付で「How China’s President Is Earning A Nobel Peace Prize」という見出しの記事があった。直訳すると「中国の国家主席は、どのようにしてノーベル平和賞を得るのか?」という意味になる。筆者はラルフ・ベンコ氏という同誌の寄稿者で、経済専門家。
本当に習氏がノーベル平和賞を受賞する可能性があるのか。実はこの記事も中国の最近の法政改革について報じている米ニューヨーク・タイムズやロイター通信の記事の引用が主なのだが、その内容も、これまた中国国営の新華社通信の引用で、「司法部管轄下の労働改造所350か所に16万人が収監されている。2012年10月、強制的な労働による再教育が行われている実態について批判が高まり、最高人民法院(最高裁判所に相当)は制度を続けるとしても法を無視すべきではないとの見解を示した」というもの。
フォーブスの記事は「これについて習近平氏はいまだ態度を表明していないが、違法拘留と公開裁判権について談話を発表しており、『権力に対する規制と管理を強め、権力を制度の枠に入れる必要がある』と語った」としたうえで、ロイター通信を引用して「1月に、中国共産党新指導者による労働再教育制度の見直しが行なわれる可能性がある」と報じたことが根拠にして、「(そうなれば)ノーベル平和賞委員会も注目せざるを得ない。もし、習近平がこのような人道主義的な行為を続けていけば、同委員会もノーベル平和賞受賞を中国に授与することを正当化できる」などと仮定のうえに仮定を重ねて論じている記事だった。
しかも、3月5日からの年に1回の全国人民代表大会(全人代=国会)では「法制度改革は議題に入っていない」ことが明らかになっているので、中国政府による労働改造所改革は当面あり得ないことになる。
引用が重なるうちに、習氏がすぐにでもノーベル平和賞を受賞するような報道につながってしまったのだろう。