オバマ大統領との首脳会談を終えた後、安倍晋三首相は6年前とは別人の“したたかな政治家”の片鱗をのぞかせる2つの行動をとった。
ひとつは米国滞在中に焦点の日銀総裁人事で財務省OBの黒田東彦・アジア開発銀行総裁の起用を決断したこと、もうひとつは、帰国するや真っ先に自民党農水族の実力者、石破茂・幹事長と会談したことである。
以前の安倍氏であれば、日銀総裁人事で違う選択をしていたはずだ。評論家・屋山太郎氏がこう語る。
「1期目の安倍さんは公務員制度改革を掲げ、いわばドン・キホーテのように正面から官僚機構という風車に突進して失敗した。あの頃なら天下り批判を嫌がって意地でも民間人を総裁に指名していたでしょう」
だが、安倍首相は柔軟だった。財務省の悲願はあくまで大物OBである武藤敏郎・元次官の総裁就任であり、省内では次官経験がない黒田氏は民間人が総裁に起用された場合の「副総裁候補」とみられていた。そこで安倍氏は武藤氏を候補から外すかわりに、あえて民間人ではなく黒田氏を抜擢することで日銀総裁という「最高の天下りポスト」を財務省に与えた。
財務省にアメをしゃぶらせることで、かつて対立した官僚機構の抱き込みをはかったのである。しかも、金融緩和派の黒田氏の起用は市場に好感されて株価が上がり、天下り批判さえかき消された。
安倍首相は懸案のTPP(環太平洋経済連携協定)問題でも意表を衝く行動をとった。自民党は総選挙で「交渉に参加しない」と公約し、党内には農業票を地盤にする200人以上のTPP反対派が議連をつくり、日米首脳会談でTPP交渉参加の条件を定めた共同文書を発表した首相の帰国を手ぐすね引いて待ち受けていた。
反対派の背後に控えるのは総裁選の際、安倍氏を党員票で圧倒したライバルの石破幹事長であり、「ポスト安倍」をうかがう存在だ。
これまでなら、安倍氏は帰国するや側近議員を集めて反対派をどうやって切り崩すかの「お友達会議」を開いていたはずだ。
しかし、今回は先手を打って反対派の大将の石破氏とサシで会談し、正面から「協力」を求めた。それによって逆に石破氏は軽々に反対できなくなった。
「安倍さんは変わった」──自民党事務局のベテラン職員もそう舌を巻く老練さだった。
※週刊ポスト2013年3月15日号