「首都直下型地震が4年以内に70%の確率で発生」──。昨年、読売新聞(2012年1月23日付)が1面で報じた東京大学地震研究所の平田直教授の研究チームの試算は衝撃的だった。日本の地震研究の権威ともいえる研究所が出したデータとあって、巨大地震は近いとの危機感が高まった。
しかし、その後、予測は混迷する。京大が「5年以内に28%」と低い確率の試算を公表するなど、「70%の確率」に懐疑的な意見が相次ぐことになる。そのひとり、元北海道大学地震火山研究観測センター長の島村英紀氏はいう。
「あれはこの何十年間に世界中で起きた地震回数の平均値から算出しただけで、新しい理論でも何でもない。しかも二重に間違いをおかしていて、ひとつは関東地方という特定の地域に限定したこと、もうひとつは東日本大震災後の余震が多い時期の数字を使ったことで、確率が高く出るのは当たり前」
この騒動に対し、東大地震研はサイトで「数字は非常に大きな誤差を含んでいる」「地震研の見解ではない」と公式のものではないと火消しに躍起になった。結局、読売新聞の記事は一昨年9月に公表された数字の最大値を抜き取ったものだった。では、実際に「地震予知」はどこまで可能なのか。
地震予知には、地震を直前から数か月前に予知する「短期予知」、数十~数百年単位で予知する「中長期予知」がある。現時点の技術では、「短期予知はかなり難しい」というのが地震学者の間でも共通の認識である。実際、東日本大震災の予知ができなかったという批判もあり、日本地震学会の地震予知検討委員会は廃止予定である。
では、地震学者らがほぼできていると主張する中長期予知なら可能かというと、こちらもいくつかの問題がある。地震予知では「いつ」「どこで」「どれくらい」が重要になるが、発生時期の予測に数十~数百年の大きな誤差がある。予知の対象となっているプレート型地震については、東日本大震災が想定外の場所で起きたほか、内陸部で起きる活断層型地震についても、明日起きるのか、1万年後に起きるのか、まったくわからないのが現実だ。
東京大学大学院理学系のロバート・ゲラー教授は、「政府がいままで出してきた『地震動予測地図』はどれだけ予測がはずれたかを示す『はずれマップ』だ。過去のデータから予測する地震周期説を根拠にしているが、過去をいくら調べても未来の予測などできない」と中長期予知そのものを否定する。
一方、新しい手法を用いる研究も進んでいる。地震予知研究は、阪神淡路大震災以降、大勢を占めていた周期説による過去の「結果からの予測」から、地震が起きる「原因からの予測」へと考えが転換している。そして現在まで、地殻や海底の動きを見る観測網の整備が全国で進められている。
海洋研究開発機構の研究員、堀高峰氏は、これらの観測網のデータをもとに、スパコンの「京」を使ってプレート型地震をシミュレーションしている。
「今は過去の観測データから、これまでに起きた地震の再現をしています。それを繰り返すことで、プレートの動きを予測する精度が高まり、『想定外の場所で地震が起きた』というのを防げる可能性があります」
さらに現在、原発再稼働を巡り、「活断層で起きる地震」が注目されている。これまでは原発敷地内に、12~13万年前以降に動いた活断層がなければ原発建設は可能だった。しかし原子力規制委員会は、これを40万年前以降に遡ろうとしている。
こういった動きに前出の島村氏は「ゴムを引っ張ってどこが切れるかわからないように、地盤に力がかかって、どこがずれるかはわからない。だから過去の活動した形跡を調べても意味がない」と調査の必要性を否定する。
地震予知否定派の中には、地震調査研究に、352億円(2012年度)と巨額の政府予算が組まれていることに、「税金の無駄使い」「予算が既得権益化している」という批判もある。
このように現在、様々な議論を孕んでいる予知研究の世界。だが、これらの議論を踏まえて名古屋大学地震火山・防災研究センターの山岡耕春教授は、次のように語る。
「科学とは新しいことを試していき、可能性から探っていくもの。それをやめたら何も進歩しなくなります」
※週刊ポスト2013年3月22日号