3月5日から北京で開幕した全国人民代表大会(全人代)では、習近平・総書記が国家主席に就任する。名実ともに中国は新体制のスタートを切った。
その全人代の開幕前日、中国の傳瑩(ふえい)・外務次官(全人代報道官)は、日本人記者も出席した記者会見で尖閣諸島問題について、
「多くの中国人は、中国政府にはもっと強硬な姿勢を示してほしいと望んでいる。中国の海洋監視船がパトロールするのは当然だ」と述べ、こう凄みを利かせた。
「相手が強硬であるならば、贈り物を贈られて返礼しなければ失礼になる」──。
まるで任狭映画のワンシーンのような台詞だが、こうしたフレーズはその数日前から中国政府が好んで用いる言葉となっていた。
中国の国家海洋局(日本の海上保安庁に相当)は、2月28日に次のような声明をHPに発表した。
〈日本の一部の下心のある政治家とメディアが悪意をもって、国際的に中国の面目を潰そうと画策している。中国政府は対立を平和的に解決すると一貫して主張している。中国の主権を挑発するいかなる行為もその代償を支払うことになる〉
日本の海自護衛艦や哨戒機にレーダー照射をしておきながら、“平和的な解決を目指している”と主張し、さらに“挑発されたら代償を支払わせる”とは、とんでもない論理だが、それはさておき、この“恫喝声明”の「原因」となったのが本誌報道だったのである。
本誌・週刊ポスト3月8日号(2月25日発売)のモノクログラビア記事では、2月18日に尖閣諸島の北小島付近で操業中の漁船「第11善幸丸」に、国家海洋局の監視船「海監66」が急接近し、善幸丸を約90分間にわたって威嚇しながら追跡したことを報じた。乗組員は「機関銃(機関砲)の銃口が向けられ、いつ攻撃を受けるか生きた心地がしなかった」と恐怖を感じたという。
さらに本誌報道後の28日には、衆院予算委で太田昭宏・国交相がこうした中国側の領海侵犯について、「一時的に日本漁船に接近する状況。意図は分からないが、長時間に及んでいる」と答弁している。
それに対して中国政府は、「週刊ポストの報道は、国際的に中国の評判を落とすための悪意をもった宣伝」として、「海監に機関銃などは装備していない」「中国領海に侵入した漁船を追い払うのは正常な法執行」「大型兵器を搭載しているのは日本の海上保安庁だ」と主張したうえで、前述の「日本は代償を支払うことになる」と結んだ。
それにしても、中国政府はなぜこれほど本誌報道に対して過敏な反応を見せたのだろうか。
かつて中国共産主義青年団に籍を置き、現在は日本に帰化した近畿福祉大学講師の鳴霞氏はこう語る。
「『週刊ポスト』の報道に対する中国の過敏な反応の背景には、全人代で新体制に移行する真っ最中にある政府の焦りがあると思われます。
中国の一般市民は劣悪な大気汚染と、それに対する政府の無策に怒りを募らせている。そうした中国人の怒りの矛先を逸らすために、“日本政府とメディアが中国を挑発している。政府批判などをしている暇はない。今こそ中国は団結して日本と対峙すべき”との宣伝を強めているのでしょう」
外国(その大半は日本)への批判を煽って国内の不満をかわす手法は中国政府の常套手段であるが、今回もその典型的なケースといえそうだ。
※週刊ポスト2013年3月22日号