年金は“お上のお慈悲”ではない。国民が保険料を支払った結果として得る当然の権利である。国は国民からお金を借りているといっていい。
しかし、国民に返済すべき借金は踏みにじられ続けてきた。年金制度開始以来、保険料が値上げされ続ける一方、1986年改正ではサラリーマンの給付額が25%カットされた。2001年には年金の支給開始年齢が65歳に引き上げられた。
その建前は高齢化、少子化、経済停滞、財政危機……。だが、それらはすべて年金改悪を正当化するための方便だ。年金官僚はまともな年金資金の運用を怠った上に、「年金財源は自分のカネ」とばかりに湯水のように流用してきた。全国に大規模リゾートを建設し、豪華官舎や専用のゴルフ練習場をつくるなど勝手放題。その総額は6兆8000億円に上る。
その結果、年金財政は破綻寸前まで追い込まれた。そこで年金官僚は必死に悪知恵を巡らせた。“どうしたら国民に知られることなく、年金支給を減らし、自分たちの財布を守れるか”──。その結果考え出されたのが、2004年の年金改正で導入が決まった『マクロ経済スライド』というややこしい年金の計算方法だ。
ごく簡単にいうと、『マクロ経済スライド』とは、インフレになった際に毎年毎年受給額を目減りさせる仕掛けだ。
「年金博士」こと、北村庄吾氏(社会保険労務士)が怒る。
「急激なインフレになっても年金生活者が困らないように、物価や賃金の上昇率に応じて受給額を毎年増やしていく『物価スライド』は年金制度には必要不可欠な仕組みです。民間の個人年金や保険では不可能なことであり、だからこそ公的年金は高齢者の生活を守るセーフティネットとして機能してきました。
しかし、2004年に『マクロ経済スライド』が導入されたことにより、それまでの物価スライドが放棄されました。世界ではスウェーデンにだけ制度がありますが、適用されたことはありません。インフレになってこの悪魔のような仕組みが発動されれば、日本の高齢者の生活はお先真っ暗です」
『マクロ経済スライド』はインフレ率から「スライド調整率(厚労省は0.9~1.4%を見込む)」を引いた改定率を毎年適用して、年金額を決めるというルールだ。スライド調整率は、年金財政を支える現役世代の減少率と平均余命の伸び率から導き出すことになっている。
たとえば、物価が上昇し、インフレ率が2%、スライド調整率が1%であった場合、それまでの制度であれば2%増えたはずの年金額が、インフレ率からスライド調整率を引いた1%しか増えないことになる。
さすがに狡猾な年金官僚だけのことはある。ただでさえ複雑な年金システムを、一段と複雑怪奇な計算式で包み込み、物価が上がっても受給額はできるだけ低く抑え込むという、いわば「年金自動引き下げ装置」を発明したのである。
※週刊ポスト2013年3月22日号