【著者に訊け】万城目学氏/『ザ・万字固め』/ミシマ社/1575円
『鴨川ホルモー』『鹿男あをによし』など、その荒唐無稽とも奇想天外とも評される作品群に関して、「半分子供じみたアイデアを、不必要なくらい高い構成力でエンターテインメントに仕立てるのが僕の根幹」と、万城目学氏(36)は自己分析する。
そんな“今最も頭の中を覗いてみたい作家”は言わずと知れたエッセイの名手でもあり、2008年刊行の『ザ・万歩計』以来、多くのファンを持つ。最新エッセイ集『ザ・万字固め』でもトクベツなことは起きたり起きなかったりするが、何気ない日常も彼にかかればネタの宝庫。楽しむも楽しまないも「転がし方一つ」だ。
「やけどのあと――2011東京電力株主総会リポート」と題した一文は、あくまで配当目的の堅実な資産運用として東電株5000株を購入した万城目氏が、投資額の大半を失った株主の一人として総会に出席した顛末を綴る。会長と社長以下では明らかに異なる胆力や、意外にも個人的な損得を超えた国家の一大事として事態を嘆く株主の表情など、万城目氏が注ぐ視線は終始フェアだ。
「僕の場合、資産はドルとユーロと株に分散しろと勝間和代さんが何かで言っていたのでその通りにした途端、ユーロ危機が起き、震災が起き、東電株だけで734万の損。でも誰に怒ったところでお金は戻らないし、欲をかいたのは僕なんで、せめて元手がかかってる分、アホやなあと笑っていただきたい」
このように、徹底して「自分を笑う」大阪人・万城目氏だが、エッセイ本を出すのはたぶんこれが最後になるかもしれないと、気になることもいう。
「僕はデビュー当時から、『柔軟なアイデア35歳限界説』を唱えていて、どんな人でも楽しいことを思いつくには限界があると思うんですよ。実は向こう5年間に書く予定の小説もアイデア自体は35歳までに考えたもので、作家も芸人も役者も、巧くなるとどうしても気難しくなる。その宿命からいかに離れるかを考えていないとダメだと思うんですね。もう僕も37歳ですからね、どこまで柔軟さを保っていられるか、自分でもあまり自信がないです。
その点、サザンは凄いですよ。サザンと同格のバンドや歌手が、ファンの年齢層をそのままスライドさせ続け、なかなか若返りができないのに対し、サザンのライブでは今もビキニの女の子が踊ってる。旧いファンと若いファンを両方取り込み、音楽的にもコンサバな曲とハチャメチャな曲の二つの中心をランダムにゆく楕円的展開が、彼らが柔軟でい続けられる理由じゃないかと。
僕も楕円系を目指しつつ、常にドームでコンサートをやれるくらいのアイデアで勝負したい。といっても、僕は哀愁が日本一似合う町・大阪の出身だからか、不完全な人間しか書きたくないんですね。僕の小説に強いヒーローは一人も出てこないし、大人も子供も半端でイマイチな人間ばかり。そういう人々が醸しだす躍動感とか、アホやけどなんかカッコええというくらいのイマイチさを、極められたらいいですけどね」
光と影、または上と下の関係について、延々思索を繰り広げる終章「ザ・万字固め」も印象深い。重力から解放されると上下の概念自体なくなるように、この世は視点一つで〈ぐりん!〉と音を立てて逆転し、誰が偉いも下らないもない〈真の平等〉が広がる―。それは鹿も喋ればオニも闘うだろうと、万城目ワールドの自由の秘密に触れてにんまりしたのも束の間、書くべき物語のためなら自身の成熟すら否定する作家の企みにまんまとしてやられていた。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2013年3月22日号