3月16日、東急東横線と東京メトロ副都心線が相互乗り入れを開始した。埼玉・東京・神奈川の3都県にまたがる鉄道大動脈の完成で、横浜中華街と埼玉県が一本でつながる。池袋在住の大人力コラムニスト、石原壮一郎氏が相互乗り入れで「大人の気概」について考えた。
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ローカルな話で恐縮ですが、埼玉の一部と神奈川の一部の住民にとって、3月16日(土曜日)は大きな節目の日です。埼玉方面と池袋、新宿三丁目、渋谷を結んでいる東京メトロ副都心線が、渋谷と横浜を結ぶ東急東横線との相互乗り入れを開始しました。
もともと副都心線は東武東上線や西武池袋線とつながっていたので、埼玉県の森林公園や飯能と、神奈川県の横浜や元町・中華街とが乗り換えなしで行けるようになったのです。ま、最速の電車でも森林公園と元町・中華街のあいだは110分ぐらいで、新幹線で東京から名古屋に行くのと変わりませんけど、それはさておき画期的な出来事です。
東武東上線沿線に住み、池袋で仕事をしている私としては、便利になったのは嬉しいのですが、今回の相互乗り入れ開始の報じられ方はいまひとつ釈然としません。どのニュースも「埼玉から横浜が近くなる」という方向で報じられているように見えます。「海のない埼玉が港町の横浜とつながって、さぞ嬉しいだろ!」「東上線の分際でオシャレな東横線と相互乗り入れできるなんて、ありがたく思え!」……。いや、誰もそこまで言ってはいませんが、埼玉側、東上線側としては、そう言われている気がしてなりません。
関東在住の人以外には関係ない話を延々と続けて恐縮です。たしかに、客観的にはそういう一面はあるし、きっと東横線沿線に住むスカしたヤツらはそのぐらいのことは思っているでしょう(個人的な想像です)。しかし、東上線側としては、憐れみを向けられる立場に甘んじて「わーい、自由が丘とか横浜とかが近くなったー!」と無邪気にはしゃいでいる場合ではありません。ここは無理を承知で逆の見方を試みるのが、大人の気概です。
埼玉から横浜が近くなったということは、横浜から埼玉も近くなったということ。東横線沿線の人たちや横浜の人たちに、僭越ながら東上線側を勝手に代表して、声を大にして言います。「森林公園や川越に一本で来れるようになって、さぞ嬉しいだろう。いつでも遊びにおいで」「みずほ台、志木、朝霞……。ほら、君たちが憧れていたあの街にもいつだって行けるよ。本当によかったね」。
こんな声が東横線や横浜のほうに届くかどうかはわかりませんが、言ってやりたいと考えることに意義があります。私たちは日頃、固定化されたものの見方に無意識のうちに従がってしまいがち。会社と従業員の関係ひとつとっても、「働かせてもらってありがたいと思え」という雰囲気に素直にのまれて下っ端根性に染まるのではなく、少なくとも自分の中には「オレが働いてやってありがたいと思え」という気持ちを謙虚さとともに持ち続けましょう。
中央と地方の関係や、あるいは人間関係でも、意味もなく卑屈な立場に甘んじているケースはありそうです。春の休日、相互乗り入れした路線で埼玉と横浜を往復しながら、そんなもっともらしいことをのんびり考えてみるのはいかがでしょうか。