周到に準備された新政権の船出。しかし、順風満帆とは言い難いという。中国に詳しいジャーナリスト・富坂聰氏がレポートする。
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北京で行われていた中国の全国人民代表大会(全人代)が閉幕した。全人代が日本のメディアで大きく取り上げられることは少ないのだが、今回は政権交代がらみとあって注目を集めた。その目玉は、習近平中国共産党中央総書記の国家主席就任と、李克強党中央政治局常務委員の首相就任だ。
結果、会議の終盤の3月14日に行われた国家主席を信任する選挙で、習近平氏は2952票の賛成票を集めて当選を果たした。反対票は1票だった。
日本のメディアでは、この反対票をめぐって犯人探しが行われているなどと報じられたが、中国の政界に近い友人たちに尋ねてみてもそんな話はないと笑う。
「いつの時代の話をしているんだ?」
と笑うのは党中央機関紙で政治報道を担当してきたベテラン記者だ。
「反対票が出てこそ自然でしょう。もし一票の反対票もなかったらそれこそ事件。地方代表を選ぶ選挙じゃないんですから。しかもいまは代表の構成を複雑にしてより広範な利害を代表する会議にしようとしているのですから、100点を取ることなどそもそも無理な話です」
胡錦濤前国家主席が再任された2008年の投票でも反対3票、棄権が5票もあったのだから、そもそも話題にするテーマだとも思えないのだ。
同じように国務院の幹部OBも語る。
「党中央弁公庁の栗戦書主任を中心とした選挙対策チームは、選挙が行われる5日前に習近平氏に報告を上げているのですが、そこでは『反対票が10票から20票は投じられる』と予測されていたのです。ですから、反対票が1票なら大満足でしょう。
そもそも反対票が最大で20票と読んでいた根拠は、基層代表(貧困地区の代表)がそうした選択をすると考えられたからだが、結果はそうはならなかったということだろう。その意味では昨年11月にスタートした習体制は、内政の火薬庫である貧困層にもある程度受け入れられていると考えられるということだ。一つの大きな壁を突破したともいえるだろう」
総書記就任後、とにかく人民に寄り添う姿を強調し続けてきた習体制。民生重視を常に掲げ、幹部の腐敗に厳しく、贅沢を敵視する姿勢は一貫している。もっともこれは根本問題である格差を解消できないが故の苦しい弥縫策でしかないのだが、それでも権力から冷淡に扱われてきた人民には新鮮だったのだろう。
「なかでもアピールしたと考えられているのが官僚の贅沢取り締まりです。官僚たちが高級レストランや夜総会(ナイトクラブ)への出入りを厳しく戒めているのですが、違反者を取り締まるために特別チームも編成されています。公用車で高級レストランや夜総会に乗り付けている官僚が見つかれば、理由に関わらず即免職になります。
私の故郷の友人で招商局の幹部であった人物は、お母さんの誕生日のために高級レストランを貸し切ったのですが、調査チームが早速それを嗅ぎ付けてクビになりました。申し開きの機会も与えられなかったというから驚きます。実際、年末からの2か月ほどの間に全国で300人もの官僚が免職になったと言われていますから、官僚たちは戦々恐々ですよ」(前出・国務院幹部OB)
現時点まで習近平の政策が奏功したということでもあるが、翻って見ればそれほど〝民意〟に怯えていることの証左でもある。その恐れる民は、習氏が日本に対して歩み寄る姿勢を示すことは好まないはずだ。よって対日関係は当面進展は期待できないのかもしれない。