アベノミクス「3本の矢」の一つ、成長戦略のため、安倍政権はついにTPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加を表明したが、「日本の農業が崩壊する」と反対してきた農協は猛烈な抵抗を見せている。だが、ここには茶番劇の臭いがプンプンと漂っている。
「TPPは震災から立ち上がろうと努力している希望を打ち砕く選択にほかならない」と農協のトップ、萬歳章・全国農業協同組合中央会(全中)会長が叫べば、「米、乳製品、砂糖、牛肉などの品目は必ず死守しなければなりません」と自民党農水族のドン、石破茂・幹事長が応じる。
3月12日に東京・日比谷で4000人を集めた反TPP集会は、農協をはじめとする反対派の強い結束を印象付けた。
では、郵政民営化の時のように、抵抗勢力と化した農協を改革に燃える安倍政権が正面突破するのかといえば、そうはならないだろう。大規模な反対運動のウラで、政権と農協側はすでに“条件交渉”を始めているからだ。
「TPP参加は既定路線だから、あとは農協を通じた農家への補助金交渉になる。農協は、1993年にウルグアイ・ラウンドで米市場の一部自由化を決めた際には、8年間で6兆100億円という巨額の農業対策予算を引き出した。関税撤廃品目次第では、今回は10兆円規模の減額交渉になるのではないか」(安倍ブレーン)
自民党のTPP対策委員のひとりもこういう。
「北海道庁がTPPによる道内の損失額を米1130億円、小麦418億円などトータルで2兆1254億円と試算している。委員会では農水族の議員が『北海道だけでこれだけの数字になるんだ!』といいながら、補償額について話し合っている。最低でもウルグアイ・ラウンドの6兆円は超えるはずだ」
もっとも、財務省は「1兆円も出す余裕はない」(財務官僚)として、実際の金額交渉はこれからが山場だが、いずれにしても議論は「参加の賛否」ではなく、「いくら払うか、いくらもらえるか」に移っている。
安倍政権による農協懐柔作戦はすでに始まっている。農水省は2013年度予算を前年度比5.7%増に増額し、その多くを田んぼの大規模化や水路の整備といった農業農村整備事業に充てる。
「全中の幹部から聞いた話では、自民党の財務畑の議員から『あんまり抵抗されると予算に影響しますよ』と予算カットを匂わされたという。全中の内部も、抵抗はほどほどにすべき、というムードです」(農水族議員秘書)
交渉参加に本気で反対するより、反対の“ポーズ”を取ることで多額の補助金を掠め取るほうが得―反対派の内部には、こうした本音が見え隠れする。
最大の問題は、そうした“出来レース”が国民にとってマイナスになる、ということだ。内閣府はTPP参加により年間GDPが2.4兆~3.2兆円底上げされると試算している。だが、そのために農家に10兆円規模の補助金を出すとなれば、本末転倒だ。
※週刊ポスト2013年3月29日号