【著者に訊け】落合信彦氏/『ケンカ国家論』/小学館/1575円
刺激的なタイトルだ。「ケンカ」という言葉が持つ野蛮なイメージに拒否感を抱く日本人は多い。その考えこそが誤りであり、「日本人はもっと『ケンカ』する力を身に付けるべき」―と説くのが、30年以上にわたって世界のリーダーへのインタビューや紛争地での取材を重ねてきた国際ジャーナリスト・落合信彦氏だ。
尖閣諸島を巡って対立する中国に武力報復を……という話ではない。取材を通じて戦争の悲惨さを誰よりも知る落合氏が新著『ケンカ国家論』において提言するのは、「真の平和、真の友好のために必要な『ケンカ』がある」という逆転の発想である。リスクを取ることで最悪のシナリオを避け、領土や国益を守ることができるのだ。落合氏はこう語る。
「よく言われるように、日本人は世界中の人々から好かれている。礼儀正しいし、規律を乱さない。素晴らしいことだ。ただし、それだけでは利害の対立する国からは、『弱い』と見られてしまう。
正直、中国と緊張が高まる時期に過激なタイトルの本を出すことにはためらいもあった。しかし、日本人の“平和ボケ”は相当なものになっている。これを断ち切らない限り、世界から好かれはしても、尊敬されることはない。そんな日本人を鼓舞するメッセージを込めた。もちろん、戦争に突き進めということでは断じてない」
落合氏の言う「ケンカ」は〈知力、交渉力、そしてインテリジェンスを総動員して国家の安全を保つ〉こと。ギリギリのところまで踏み込み、相手から譲歩を引き出す高度な戦略である。本書では数多くの歴史上の事例を交えながら、正しい「ケンカ」とは何かが説明される。指導者が「ケンカ」から逃げたために起きた戦争やテロ事件を紹介し、「ケンカ」の必要性を説く。では今の日本政府はどうか。
「昨年までの民主党政権と現在の安倍政権の対中外交は対照的だと評する専門家も多いが、実は『ケンカ』のやり方がわかっていない点ではどちらも大差はない」
落合氏は「刺激したくない」と繰り返す弱腰外交のみならず、自民党の“タカ派路線”にも苦言を呈す。特に、「アメリカに従えば安全」という考えを痛烈に批判する。〈結局、日本では左派が「ケンカはよくない」と繰り返し、右派は「必要なケンカはアメリカがやってくれる」と他人任せにする。私から言わせればどちらも思考停止〉だとし、単純な中国嫌いの保守派言論人とも一線を画す。
「状況を正確に把握しなければ『ケンカ』には勝てない。“尖閣は日米安保5条(共同防衛)の適用範囲”と米国務省は言っているが、アメリカは尖閣のために米軍を動かす気は毛頭ない。本の中で詳しく分析したように、アメリカ社会を見ればそれは明らかだ。
2月下旬に訪米した安倍首相とオバマ大統領の共同会見で印象的なシーンがあった。日本のメディアは報じないが、記者から尖閣諸島について質問があった時、安倍氏だけが答えて、オバマ氏は何も語らずにそのまま会見を切り上げた。安倍氏の対米追従外交が相手からも信頼されていないことを示す象徴的な場面だった」
※週刊ポスト2013年3月29日号