【書評】『カウントダウン・メルト ダウン(上・下)』船橋洋一/文藝春秋/各1680円
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
二年前の三月十一日。福島原発は地震と津波ですべての電源を失った。翌日、第一原発一号機の建屋が爆発、ついで三号機、四号機の建屋も吹き飛んだ。誰もが恐れた「最悪の事態」は、いかにして回避されたのか。その内幕を克明に明かすドキュメントである。
東電は、官邸にも、規制機関の保安院にも「何が起こったかは知らせない。ただ、何が起こらなかったかは熱心に伝えようとした」という。しかも事故から三日目、東電の清水正孝社長から来た連絡は「事故現場から撤退したい」という人を喰った申し出だった。
菅直人首相は、「このままじゃダメだ。東電に統合本部をつくるぞ」と号令をかけたものの、民間企業に官邸が乗り込む際の法的担保を探して官僚はもたついた。その様子は、法律に思考を縛られた彼らの生態を浮き彫りにして余りある。
何よりゾッとさせられたのは、事故から二週間目にして、はじめて「最悪のシナリオ」を作成していたことだ。もし福島第一の原子炉と使用済み核燃料プールが、つぎつぎと「メルトダウンの並行連鎖危機」に陥った場合、二五〇キロ以遠の東京も避難区域となる――。このシナリオは、事故の対応に当たった日米両国政府の幹部を、むしろ奮い立たせたという(東電の酷さとは対照的に、救われる思いがするくだりだ)。
外部に漏れてはならないこのシナリオはすぐに破棄されたが、「福島原発事故独立検証委員会」(民間事故調)が、三〇〇人以上の事故関係者にインタビューするなかで、図らずもその存在を明らかにすることになった。
民間事故調のディレクターでもあった著者が、この資料のなかに、「危機にさらされ、取り組んだ人々の個々のストーリー」を読み取ったおかげで、読者はあの事故を「もう一度、追跡」しながら「国家とは何か」考える機会を得たことになる。メルトダウンを相手にしてなお居直る官僚的思考にページをめくる手が止まらなかった。
※週刊ポスト2013年3月29日号