犯罪捜査の現場で活躍する警察犬。人間の100万倍ともいわれる嗅覚で犯罪者を追い詰める様子は、報道番組でもお馴染みだ。その能力を活かして社会貢献の取り組みをしている企業があるという。総合探偵社MRを訪れた。
ドアを開けた瞬間、一頭の大型犬が、人懐っこく飛びついてきた。「人探し専門の探偵犬、ワトソンです」と紹介してくれたのは、同社代表取締役の宗万真弓さん。優れた血統のジャーマン・シェパードで、生後5か月にして既に20kgの大きさである。もうすぐ警察犬学校で、本格的な訓練が始まる。
「警察犬は犯罪者を追跡するよう訓練されますが、探偵犬は人に慣れていなくてはなりません。だから、今は社内で皆の愛情をたっぷり注いで育てているんです」(宗万さん。「」内、以下同)
同社にはもう一頭ジャーマン・シェパードの探偵犬がいる。臭気選別チャンピオン犬の血統を持つホームズは、現在警察犬学校で訓練中だ。
警察庁の統計によれば、平成23年度の行方不明者届受理件数は8万件以上。ただし、これは氷山の一角に過ぎないという見方がある。というのも、警察に受理されるのは、明らかな事件性や自殺の恐れがあると判断される場合に限られ、成人であれば「自分の意思で出て行った」と見なされるためだ。
事件性などが認められず、警察による捜索が期待できなかった場合、残された家族が助けを求めるのが探偵社だ。「MRでは、『特捜部』という、人探し専門のチームがいます。夕方にご依頼をいただき、その日のうちに見つけることも珍しくはありません」
ただ、失踪した人が全て、無事に発見されるわけではない。苦渋の決断を強いられることもある。
「あるご依頼で、家出人が富士山裾野の青木ヶ原樹海に向かったことを突き止め、特捜部は現地に急行しました。ただ、樹海は国有地。林道から外れたところに入れば、法律違反となります。我々も捜索を断念せざるを得ませんでした。後になって、その方は警察の“山狩り”で見つかりました。あの日私たちがいた場所から、たった140m先で……」
家出人の中には、自ら死を選ぶ人も多い。まさに、一分一秒を争う闘いだ。では、どうすれば、尊い命を救えるだろうか。日夜考え続ける中、特捜部全体の意見として出てきたアイデアが、「犬なら、行ける」だった。宗万さんはすぐに動いた。
人の命を救いたい。社会に貢献したい。その思いからたどり着いた先が、栃木県にある警察犬学校だった。犬を1年、命令する人間を2年かけて、探偵犬として人探しができるように育てる。まずはホームズとワトソンにもう一頭を加え3頭体制に。今後は数十頭に増やすという未来図に向け動き出した。
「もし震災などの災害が起きた場合、救助犬として現地に急行することも考えています。また高齢化が進む中、いなくなったお年寄りを探すなど、探偵犬が社会貢献できる可能性は無限大です」
ところで、ここまでMRの“手の内”を見せて、差し支えはないのだろうか。ライバル会社ひしめく探偵業である。
「他社に真似されても構いません。むしろ、どんどん真似して欲しいですね。それが、本当に社会の役に立つということですから」
そう語る宗万さんの隣で、探偵犬・ワトソンが誇らしげに座っていた。