田沼雄一氏は映画評論家。主な著書に『映画を旅する』『野球映画超シュミ的コーサツ』などがある。その田沼氏が、今回は、堺雅人の主演最新作『ひまわりと子犬の7日間』をレビューする。
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長年、山田洋次監督のもとで監督修行に励んできた平松恵美子の初監督作品。製作・配給の松竹映画にとってはかの大女優・田中絹代に継ぐ2人目で、『お吟さま』(1962年)以来、半世紀ぶりの女流監督の誕生となった。平松は、山田監督の『学校』シリーズ(1993年~2000年)や『たそがれ清兵衛』(2002年)などに監督助手で参加。山田監督の新作『東京家族』(2013年)では共同脚本を手がけている。
2007年に宮崎県で実際にあった野犬をめぐる出来事の映画化。老夫婦に可愛がられていた和犬がある事情から放浪犬となり、人を見れば噛みつきそうな形相で激しく吠えるようになる。老夫婦との静かな日々を描写する冒頭のくだりが素晴らしい。老夫婦と野良仕事に出る、母親犬といっしょに散歩する……セリフなし、絵本を読んでいるような気分。女性監督らしい筆致。
やがて和犬は3匹の子犬といっしょに保健所に捕獲される。映画はここから本筋に入る。人間と犬のふれあいを描いてきた映画は多くあるが、この映画はこれまでにない描写で印象に強く残る。和犬はいつも険しい形相、噛みつきそうな顔で人間に向き合う。ドッグトレーナーの演技指導は大変だったと思う。一貫して不機嫌な表情を浮かべている和犬の演技に感心する。
それでもやはり女性監督である。観ていて辛くなるような場面や痛みを感じさせる設定は描写しない。映画を観ている人への配慮である。このあたりが山田監督から受け継いだ心のこもった演出である。
涙の使い方がウマいんだ!
映画前半と終盤の2度、見事な劇的効果を発揮する。とくに終盤の涙の使い方は、まるで外国映画を観ているようなファンタスティックな優しさを感じさせる。平松監督はいろいろな映画の涙の場面を勉強したのだろう。努力の成果が名場面を生んだ。
※週刊ポスト2013年4月5日号