「プロ野球選手には正月が3度ある」といわれる。元日、キャンプイン、そして開幕戦の日だ。中でも特に選手たちが重視し、緊張の元に迎えるのが開幕日。かつての名選手たちは、いかにして特別な日の朝を迎えたのか──。
選手たちにとっては、開幕日が1年のスタートとなる。思い入れが深いためか、こんなエピソードも残っている。
「西武・巨人で活躍した鹿取義隆投手は、開幕日に合わせて関係者に年賀状を送っていました。ことほどさように、プロ野球選手にとっては、開幕日が何より大事な“正月”なんです」(スポーツジャーナリスト)
名選手はいかに開幕日を迎えるのか。様々な“しきたり”があるものの、最も多いのは、当日の食卓に「赤飯」と「鯛の尾頭付き」を並べることだ。
代表格は王貞治である。開幕は、「野球界に生きる人間にとっての1年間の大事な儀式」としたうえで、こう語っている。
「開幕日の食卓に、赤飯や鯛の尾頭付きは是非もの。一口、二口くらいしか箸はつけないけど、勝負の世界ではそういうことが大事なんだ」
王家の食卓では、これにCMでおなじみの「ナボナ」がつくのも恒例。居合わせた番記者たちに桜湯つきで振る舞っていたという。そして現役時代は、当時新宿にあった両親の家に立ち寄ってから、後楽園球場へ行くのが常だった。
ミスタープロ野球・長嶋茂雄も同様。次女・三奈さんは、かつてスポーツ紙の記事に「幼い頃の開幕日の記憶は、家の中に広がる生臭い匂いとともに始まる」としてこう綴っている。
「毎年、知り合いの方が新鮮な鯛や伊勢エビを送って下さり、母がそれを黙々とさばく。父はいつも通りランニングを終えると、母のめでタイ手料理を平らげて、白湯で締めていました」(日刊スポーツ1999年4月3日)
“巨人キラー”の平松政次も毎年、開幕日には赤飯と鯛で景気づけした。
「当時、ボクは母親と同居していたし、昔の人はそういう縁起物にこだわるからね。女房もそれを見て真似るようになったんだと思う」
開幕投手を13回務めた村田兆治も同様。
「正月に初日の出に向かって手を合わせるのと同じだから、開幕日の朝は家族と一緒に赤飯と鯛で祝うのが当たり前でした。1年間ケガをしませんように、いい成績が残せますように……とね」
この「赤飯と鯛」文化のルーツは、V9時代の巨人にあるといわれる。川上哲治監督の下、選手の妻たちが「婦人会」を結成し、開幕日には鯛の尾頭付きと赤飯、それに潮汁で必勝祈願することが奨励された。それが藤田元司監督、長嶋監督時代にも引き継がれ、巨人の伝統になり、その後球界の伝統となったという。
そのDNAを受け継いだのが中畑清・横浜監督。監督に就任した昨年の開幕日も赤飯で出陣したが、現役時代にはそれだけでは飽きたらず、自宅で餅つきをやったこともあったという。まさに正月そのものである。
(文中敬称略)
※週刊ポスト2013年4月5日号