【書評】『夜の底は柔らかな幻』恩田陸/文藝春秋/1680円
【評者】末國善己
恩田陸は、特別な能力を持ちながら権力を求めず穏やかに生きる人たちを描いた『光の帝国』を発表しているが、同じ超能力テーマでも本書は、血と暴力、陰謀に彩られた不気味で残酷な物語となっている。
舞台となるのは、日本にありながら治外法権が認められた途鎖国(モデルは高知県)。途鎖は在色者と呼ばれる超能力者を数多く生み出し、山奥には指名手配の凶悪犯罪者が隠れ住む“フチ”なる場所があり、フチには殺し合いを勝ち抜いた在色者のリーダー・ソクが君臨しているという。
物語は、在色者の実邦が、生まれ故郷の途鎖に帰って来るところから始まる。実邦は、ソクになった指名手配犯の神山を追ってフチに潜入しようとするが、実邦と神山の間には何か遺恨があるらしい。実邦が途鎖に入ってから、その動向を監視していた入国管理局次長の葛城も、実邦と神山に浅からぬ因縁があることが判明。さらに、危険な在色者たちが続々とフチを目指していることもわかってくる。
特殊な設定や用語が多いので、最初は戸惑うかもしれない。ただこうした設定が読者を惹き付ける謎になっているのに加え、在色者たちがフチへ向かう目的は、それぞれがどんな超能力を持っていて、過去の秘密とは何かといった情報が少しずつ明かされていくので、続きが気になり、上下2巻の大作ながらページを繰る手が止まらないはずだ。
全体の構図が見えてくる下巻に入ると、手を触れることなく人を窒息させる、高い所へ持ち上げてから落とすといった個性的な能力を持った在色者たちが、壮絶なサイキック戦を繰り広げていくので、派手なアクションと魅惑的なイマジネーションに圧倒されてしまう。中でも、人間や動物の骨を砕きボール状に丸める超能力のグロテスクさは、悪夢を見てしまうのではと思わせるほど凄まじい。
本書に登場する在色者たちは、一般的な常識やモラルをまったく持ち合わせていない。そのため躊躇なく人を殺すし、敵を陥れるためなら平然と陰謀をめぐらす。だが、顔色ひとつ変えず犯罪に手を染める悪人を主人公にした小説や映画が読者に爽快感を与えるように、本書で描かれる在色者の殺し合いも、むごたらしいが不思議な美しさがある。
倫理や勧善懲悪といった予定調和を無視し、徹底してダークな美学を追求しているだけに、本書を読むと、否応なく自分の心に潜む闇と向き合うことになるように思えた。
※女性セブン2013年4月11日号