警察庁の統計では「自殺者が3万人を切った」と報告された。久しぶりに目に見えて減少したとはいえ、いまだ交通事故死者の7倍もの人が亡くなっている。月別自殺者数がもっとも多いとの理由から3月に設定されている「自殺対策強化月間」に、作家の山藤章一郎氏が、富士山麓の青木ヶ原樹海の様子をルポ漫画にまとめた村田らむ氏にたずねた。
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「酔っぱらったみたいにぐてっと、首を垂れた男がぶらさがってました。ついさっきのことか、夜露に濡れていない。カラのコンビニ弁当、ウイスキーの小瓶、煙草、ビタミンドリンクが足許にちらばってる。最期の晩餐ですね。
ジーンズにポロシャツの20代、まだ若い。触れたら温かかったでしょうか。冥福を祈り、シャッターを切りました」
山梨県富士河口湖町・青木ヶ原樹海。〈ルポ漫画〉の村田らむ氏が遭遇した若者の首吊り遺体である。
「ポケットから封筒が覗いてました。遺書でしょうか。しかしさすがに見られない。樹海は方位磁石も利く、スマホのナビも使える。その場で警察に通報し、入った場所のイバラの木に赤いテープを巻いて案内しました」
村田氏は、『ホームレス大図鑑』(竹書房)など潜入した現場の実態を体当たりルポして漫画に描く。
「樹海は二度と出てこられない、というのは俗説です。近くにゴルフ場があり、携帯も圏外にはならない。1時間ほど歩いたらどこかの道に出てしまいます。1時間といっても、でこぼこした岩と、灌木と大きな樹木が茂った道なので、2、300メートルしか進んでいなかったりします。
現在は自然公園法で入林は禁じられていますが、もう何度も入りました。車で奥深くまで行ける場所や、風穴と氷穴を結ぶ林道の目印ポイントから、自殺が多い現場に行き着けます」
遺体はなくても、行くたびに遺書、数日過ごしたらしきテント、靴、缶ビール、睡眠薬のピルケース、『完全自殺マニュアル』の樹海マップなどが落ちている。
すぐ向こうを観光バスが走りぬけている。その道路脇の自殺防止の看板に、落書きがある。
『東京で死ね』
「夜は怖いですよ。墨を塗り込めたような闇に目をふさがれて、右も左もない。永遠に出られない恐怖に駆られます。ここでテントを張って死ぬか生きるか。苦しみぬいた果て、人生の最後を過ごす人の胸の内に粛然とします」
※週刊ポスト2013年4月12日号