政府は毎年3月を「自殺対策強化月間」と定めている。3月は、月別自殺者数がもっとも多いからだ。その3月に、作家の山藤章一郎氏が険しい断崖絶壁で知られる「三段壁」がある和歌山県白浜を訪れ、レポートする。
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高さ5、60メートル、長さ2キロの切り立った大岸壁の手前に、「投身自殺者 海難死没者 供養塔」がある。
波濤から舞い飛んだ数十羽のカモメが、岩壁を旋回している。崖上の細い遊歩道をたどる。「柵を越えないでください」の立て看が数十メートル間隔に、据えてある。
和歌山県白浜町〈三段壁〉は、自殺の名所のひとつといわれる。JR〈白浜駅〉を降り、海岸線に沿う温泉街を抜けると、三段壁交差点に着く。グリーンの公衆電話のわきに、〈いのちの電話〉の案内板が立ち、イエスの言葉が綴られている。
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」
「重大な決断をするまえに一度是非ご相談下さい。連絡お待ちしています」
そして電話番号。
そこから海に向かい、海鮮焼き、みかんを売る土産物屋などが続く。大阪・天王寺夜8時20分発の特急は10時38分に白浜に着く。
タクシー運転手には分かる。
男女、老若、死にに来たものは荷物がない。「三段壁に」という。ひと足前に踏み出せば、死ねる。
20代後半の女だった。運転手は訊く。「ホテル、どこですか」決めていない、この近所で待ち合わせだ、という。とりあえず〈いのちの電話〉案内板の前で降ろす。「困ったら、電話して」女は顔を見せない。名刺もいらないという。
死にに来た者は、会社に無線連絡してすぐに警察に来てもらう。不信を向けると、女は通りの向こうに手を振った。「あっほんまや、お連れさんがいてるんや」運転手は安堵した。
翌日、警察から電話があった。
「こんな女性を乗せんかったか」
年間、15人から20人、この岸壁から踏み出して死ぬ。海面に落ちるのではない。突き出した岩に体も骨も激突して砕ける。10時38分に降りてきて、連れに手を振った女も、砕けた。茶色のブラウスに覚えがあった。タクシーの運転手は月に2度から3度、死にに来た者を乗せる。
「おひとりですか。観光ですか」
何を訊いても「ふん、ふん」生返事しかない。自分の客が死にに行くのは御免こうむりたい。
「ひょっとして」とさらに尋ねる。
「そやその通りや。死にたいんや、行ってくれ。死にに行くねん」
三段壁に降りる細道に消えた。男は死んだか、遺体があがらなかったか、思いとどまって戻ったか、その後は分からない。
〈最期〉に行く手前で煎餅、みかん、土産を売っている主人がいう。
「死にに来た人に尋ねると、みな『待ち合わせ』と答えます。こんなとこで誰と待ち合わせしますか。私が、声をかけるのは年間、100人じゃききません。なかには、死にたくない人もいます。話しかけることが大事なんです」
※週刊ポスト2013年4月12日号