1年間の話題のマンガを顕彰する「マンガ大賞2013」の大賞が吉田秋生氏の『海街diary』に決まった。同賞の選考委員でもあり、食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が、作品に登場する鎌倉の名物料理を通じて作品世界の魅力を伝える。
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「食」がその背景をともなって物語に描きこまれた作品には、例外なく人をひきつける力がある。先日発表された「マンガ大賞2013」の大賞受賞作『海街diary』(吉田秋生)もそんな作品だ。
『海街diary』は鎌倉に暮らす3姉妹のもとに、父を亡くした腹違いの4女がやってくるところからはじまる叙情的な物語だ。描かれるテーマは「家族の絆」であり、「食」が主題というわけではない。しかし随所に盛り込まれた「食」がテーマとなる「家族の絆」のモチーフとして、大切な役割を果たしている。
例えば1巻。4女・すずが3姉妹のもとに引っ越してきたとき、姉妹の間で「引っ越しっていったらソバでしょ」「やっぱソバはゆでたてじゃなくっちゃ」といったやり取りのあと、大きなザルに盛られた蕎麦を“家族”でたぐる。ほかにも、姉が作った自家製の梅酒に中学生のすずが口をつけ、ひっくり返り、叱られて「あたし ああいうの はじめてなんだもん 自分ちで作った梅酒って飲んでみたかったんだもん」と訴えかける。
この作品での「食」でとりわけ読者からの支持を集めるのが、4巻に登場する「しらすトースト」だ。トーストにバター、しらす、きざみのりという、違和感のある組み合わせにも見えるが、これがまさに取り合わせの妙で、あっという間に食べ進んでしまう。
作中ではすずが「お父さんたちはここへきたかも知れない」というカフェで、しらすトーストに巡りあう。「お父さんがよく作ってくれた」というこのメニュー、実は本当に鎌倉のカフェに実在するメニューでもある。
しらすはカタクチイワシの稚魚であり、バターなど油との相性もいい。アンチョビやオイルサーディンといったイワシ加工品は、料理や味つけの土台に使い勝手のいい素材でもある。鎌倉をはじめ相模湾近くの飲食店では「しらすのペペロンチーノ」や「しらすのピザ」など、洋風のしらすメニューを供する店も多い。
鎌倉のある湘南・相模湾でのしらすの旬は春。1~3月は禁漁期で3月中旬に漁が解禁される。ちょうどいま頃出回るしらすには、身の小さなものと大きなものが混在している。ちなみに身の大きなものは「越冬しらす」と言われ、冬の間も湾内にとどまっていたもの。最盛期はまさにこれから。今年孵化したしらすが湾内に入ってくる4月中旬以降となる。
季節や食事をともにする相手も含め、食べるという行為には、記憶にひもづく要素があまたある。ほかにも『海街diary』の作中には、精肉店で揚げたコロッケやトンカツ、食堂のアジフライ定食、甘味屋のあんみつ、法事みやげの温泉まんじゅうなど、さまざまな食べ物が情景をともなって登場する。そこに描かれた「食」は読者ひとりひとりの記憶や共感を喚起する装置でもある。