春うらら、大学の入学式シーズン到来。希望にあふれた若者たちの新生活が始まる。昨今、一人暮らしを始める大学生に人気なのが、学生寮や学生向けのマンションだ。狭い、プライバシーがない、門限が早い――といった窮屈なイメージは今は昔。民間企業の参入などで清潔で自由、さらに、プラスアルファな価値を提供する学生寮が登場、寮生活が変わりつつある。
拓殖大学の八王子キャンパス内にある学生寮「カレッジハウス扶桑」は昨年4月に誕生するや入居希望者が殺到し、すぐに満室になったという。部屋は個室でオートロック、ミニキッチン、バス、トイレ付き。朝夕2食に、サウナ付きの大浴場、フィットネスジム、イベントスペースと、設備も充実の上、留学生も生活する国際学生寮でもあり、異文化交流も盛んだ。これで寮費は月額5万8000円。「一人暮らしをするより安心で、安い。友だちもできて淋しくない」と、女子学生(19)は話す。
同寮は拓殖大学と、学生マンションなどを手掛けるジェイ・エス・ビーの産学共同プロジェクトで、運営・管理をジェイ・エス・ビーが行う。このようにいま民間企業が、様々な形で学生寮に参入しつつある。
学生が共同生活を行う住居には、大きく分けて、主に大学が運営する学生寮と、民間運営で、複数の大学から集まる学生会館や学生向けマンションなどがある。相部屋、食事付き、管理人常駐、門限ありから、入居者を学生に限定しているだけで、ほかは一般マンションとほぼ変わらない建物まで、その形態は多様だ。全校で230の学生会館等を運営する共立メンテナンスによると、大学側は、学生確保のために住環境サービスを拡充し、さらに低コストで運営するために、企業への委託を進めているという。
こうした状況を背景に、共立メンテナンスの学生向けマンション等に関わる売り上げは「毎年数%ずつ、着実に伸びている」という。人気の理由について担当者は「学生の住まいには親御さんの発言権が大きいです。寮を選ぶ一番の理由は、安心で安全なこと。女子学生にとっては、セキュリティ面での安心が大きく、男子学生にとっては、栄養バランスの良い食事が出たり、病気になった時に管理人が対応してくれるなど、生活面での安心が大きいようです」と分析。少子化で、一人の子に向ける関心の高まりもあると指摘する。
また、経済状況の変化も見逃せない。2012年の一人暮らしの学生の「仕送り額」は6年連続で減少し69610円(全国大学生協連の学生生活実態調査)。10年前まで、仕送り額が10万円以上の学生は5割以上いたが、現在は、3割程度まで減っている。一般的なマンションよりも低価格で住める学生寮は、親にとっても魅力だ。
昨今では、住環境の整備にとどまらず、新しいサービスを打ち出して、差別化を図る寮やマンションも増えている。共立メンテナンスは、寮やマンション内で独自の自己啓発セミナーなどを開催。“学びの場”としての寮の効能を打ち出している。安田不動産は今年、家賃を相場に比べ2~3割に抑えるかわりに、地域活動への参加を条件とした学生向け賃貸ワンルームマンションを東京・神田に開業した。防災訓練や祭り、運動会への参加などを促し、学生による地域活性に期待を込める。
寮や学生マンションで暮らすことは、学生にとってもメリットがあると語るのは、大学ジャーナリストの石渡嶺司氏だ。
「寮の形態によって程度の差はあれ、マンションで一人暮らしをするのに比べると、自由は制限されます。でも、それ以外は、メリットが多い。最大は、コミュニケーション能力の向上です。日常生活で人と接することで、否応なく、自然に、コミュニケーション能力は上がります。寮学生だから企業が採用する、ということはないでしょうが、結果として、就職やその後の人生に役立つ。そのため大学も、寮の教育機能を評価しつつあるのです」
「自分力開発研究所」が2011年に発表した調査結果によると、「寮生活の経験は社会人生活に活かせるか」との質問に対し、企業の採用関係者の64%が「そう思う」と回答している。学生に対する調査では、「現在の生活に満足している」は寮学生で80.4%、一人暮らし学生で73.0%と、寮学生の満足度も高いことがわかる。
欧米の大学では、学生は基本的に寮生活を送る。フェイスブックは、創設者のマーク・ザッカーバーグが寮のルームメートと夜な夜な議論を重ねることで、その輪郭を描いていった。日本にもかつて“寮文化”はあったが、学生運動の拠点となったことで廃れていったという歴史がある。環境を一新した学生寮から新たな文化が生まれるのか、注目したい。