4月12日。村上春樹ファンはこの日を、一日千秋の思いで待ち続けてきただろう。
単行本3冊と文庫本6冊の累計が770万部を突破した『1Q84』(新潮社)以来となる、3年ぶりの長編『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋)の発売。それは、これまで明らかにされてこなかった内容が、やっと白日の下にさらされるということ。そもそもそのタイトルからして、謎を呼んだ。
「村上ファンの間では、多崎つくるが主人公? 多崎が色彩を持たないの?など、タイトルが発表になって以降、疑問が飛び交っていただけに、読むのが楽しみ」(40才・主婦)
前作を上回るスピードで予約が殺到。発売前から2回も重版がかかり、なんと45万部からのスタートとなった今作。これは、村上春樹流に言えば、「ごく控えめに言っても悪くない」数字だが、いったいなぜ?
出版社が「その本を売りたい」と思った時にとる、一般的な方法は、“プルーフ”と呼ばれる校正刷りの段階の原稿を書評家や他の出版社、新聞社、書店などに送ること。早く本を読んでもらえれば、その分、書評が早く出るので、売り上げの初速がグンと伸びるのだ。しかし、今回は…。
「書評家を含めて、一切どなたにも事前に本をお送りしていません。書店には発売日当日に入るようになっています」(文藝春秋宣伝プロモーション局)
いわば、プロモーションをしないのが最大のプロモーションということか。『王様のブランチ』(TBS系)などへの出演でも知られる書評家の松田哲夫さん(65才)も、事前に読むことができなかった1人。松田さんが裏事情を語る。
「そもそも2002年の『海辺のカフカ』(新潮社)の時はプルーフを作りました。しかし村上さんは、まだ最終チェックの済んでいないプルーフを書評家に渡すのを嫌い、『1Q84』の時にプルーフの作成をしませんでした。そのため新潮社では、編集担当者と校閲の担当者、社長など、5~6人のごくわずかな人しか読んでいなかったようです。今回もそれを踏襲して、文春内では担当者、社長など、やはり数人しか読んでいないのでは」
市場に渇望感を与えて読みたいと思わせるこうした手法を、広告業界では「ハングリー・マーケティング」と呼ぶ。松田さんが続ける。
「それを目的にして始めたわけではないと思いますが、販売促進のために利用したのは事実でしょう。が、誰でもこうした売り方ができるわけではありません。村上さんは海外での評価が高く、ここ数年はノーベル賞にいちばん近いところにいると報道されて、世界中で注目を浴びています。その村上さんだからこそ、この手法によって小説の謎も深まり、部数につながるのです」
とはいえ、現場となる書店側は、“謎”の多さに大わらわのようだ。
「新刊は普通、前日には書店に届くものですが、今回は本が入ってくるのが当日の朝6時頃。そこから既刊と併せてディスプレーをして、タワー状に積み上げるつもりです。希望の冊数は伝えていますが、その通りの冊数がはいってくるかは、まだわかりません」(三省堂書店神保町本店・担当者)
※女性セブン2013年4月25日号