テレビを通じて目に飛び込んでくるCM。企業や商品を訴求したい送り手の意図や計算とはまったく異なる感触を受け手が抱くこともある。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が今回言及したのは、日本を代表するものづくりメーカーのCMである。
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カフェのマスターは、落ち着いたイケメン。聞いたことについて一つ一つ丁寧に解説してくれる。カウンターに座る常連のお客さんは、目のクリっとしたかわいらしい女性。
ブリジストンの「TAIYA CAFE(タイヤカフェ)」のCMです。
架空のカフェの店長を演じるのは長瀬智也。常連客は石原さとみと数人のオトコたち。2年ほどシリーズで続いてきたCMだから、ご覧になった方も多いことでしょう。
CMの内容は、エコタイヤに使われる環境技術の解説、といったことにとどまりません。タイヤの形を模したロールケーキに、タイヤをデザインした椅子やスプーンと、遊び心満載。車に比べると地味な「タイヤ」という商品を、なんとか世間一般に認知してもらいたい――タイヤメーカーの必死の努力がひしひしと伝わってくるようです。
「“お堅い”一新 女性の心に刺さる」(『Sankei Biz』2012.12.17)と、ジャーナリズムもこのCMを評価しているもよう。
ブリヂストンはご存じ、日本を代表する、世界最大級のタイヤメーカー。モータースポーツなどを通じて、「中高年の男性に対しては力強いブランドイメージが定着し好感度も高いが、若者や女性に対するアプローチは今ひとつで、ブランドに対する理解度も高くなかった」(同)と同社の宣伝マンも自覚しています。
つまり、お堅い企業イメージの転換を目指して、「女性の心に刺さるコミュニケーション方法はないか」と一大決心し、「タイヤカフェ」という柔らかいCMを投入したのだとか。
でも。このCMに違和感を感じている人って、はたして私だけでしょうか?
たとえば最近のCMの一言。
「私、ついていく~」
石原さとみ演じるお客さんはいつも、カフェのマスターの顔を見上げて、解説をお聞きする役。さすが知識豊富な「男らしい」マスター。私にもっと知識を教えてください……的な構図自体が、あまりに通俗で古風。どこか時代とズレてはいないでしょうか。
かつて、ブリジストンを取材した時のこと。エコタイヤ開発に携わった方は言っていました。
「スピードや走り、静けさと乗り心地という従来のテーマに対して、まったく新しい第三のテーマが出てきたのです。エコです」
エコタイヤ「エコピア」は、その消費者像として女性たちを思い浮かべているというのです。オトコだらけのタイヤ売り場に、オンナの姿が増えて欲しい、と切に願っているのだと。 いよいよ環境や次世代のことを考え、タイヤが選ばれる時代がやって来た。その時、主人公は、オトコからオンナへと変わっていくだろう。取材現場でそんな話が盛り上がりました。
でも、このCMを見ていると、本当にそうなのかな~。
正しい知識を豊富に持っているのは、いつもオトコ。お話を拝聴するのはいつも、何も知らないオンナ。えっすごい、ほんとー。知らなかったぁ。ついていきまーす。心にもない誉め言葉を繰り出して、感心したフリをしオトコを喜ばせる常套手段。「タイヤカフェ」の登場人物図って、そんなことを思い起こさせる。
このCM世界、男の古い幻想の中に未だとどまっていませんか?
そう感じさせられてしまう時点で、すでにこのCM、ちょっと違う意味で「女性の心に刺さって」くる。オトコだらけのタイヤ売り場に、これで新たな客層が増殖していくのでしょうか? それとも、タイヤ選びは「オトコに任せとけ」の世界がこれからも続いていくのでしょうか?