自由と自治を求めるチベット人の戦いが苛烈を極めている。中国共産党政権の圧政に抗議して中国内で焼身自殺したチベット人は今年3月10日現在107人に達し、死者は90人を超えた。チベットの惨状を日本人に伝えるためにチベット中央政府(CTA=チベット亡命政権)のツェリン・ワンチュク厚生大臣が初めて来日し、本誌の単独インタビューに応じた。同氏はポーランドのワルシャワ医科大学で学び、ダージリンのチベット難民自助センター附属病院の主任医師として、診療に携わるなどした。
──医師として、相次ぐ焼身自殺をどう感じているか。
「医師としてというより、1人の人間として、同じチベット人として、本当に悲しく強いショックを受けています。CTAでも全チベット人に対して『極端な行動はしないでほしい』と訴えている。人間の生命は非常に大切で貴いものです。私は仏教徒としても二度と焼身自殺が起こらないよう心から祈っています」
──中国政府はダライ・ラマや亡命政府の幹部、高僧がチベット人を扇動していると非難している。
「中国側の反応も言い分もいつも同じであり、驚くには当たらない」
──しかし、中国内でチベット人への統制が厳しくなっている。焼身自殺の写真を持っているだけで懲役刑を受けたり、自殺を唆したとして大量の逮捕者が出たりしている。チベット亡命政府としても現状は無策ではないか。
「もちろん『焼身自殺を止めてほしい』と言うだけでよいとは思っていない。大切なのは彼らの気持ちを国際社会に伝えることです。彼らは『ダライ・ラマ法王の帰還を、チベットに自由を』と叫んで死んでいった。
今年1月にCTAの主催で、国際的支援を求める大規模集会をインドのニューデリーで開いたほか、欧州各国でも同じような集会を行ないました。センゲ首相は国連代表部に赴いて、中国を批判する署名簿を渡しています。CTAの閣僚たちは手分けして全世界を回っている。私もその1人として今回、日本を訪れました」
──チベットでは若者を中心にダライ・ラマの中道路線、平和的手法では問題の解決につながらないとする過激な考え方が広がっている。
「ダライ・ラマ法王や亡命政府は本当の意味での民主主義を実行している。若い人たちが『ダライ・ラマ法王のやり方ではだめだ』と発言できるのは民主主義が機能している証拠です。言論の自由は保障されている。誰でも、どのような意見であろうと、自分の意見を言うことは自由です。
ただし、センゲ首相は2011年の首相選挙で、ダライ・ラマ法王が進めた中道路線を引き継ぐ政策を掲げて当選した。つまり、チベット民衆の大多数が中道路線、平和路線を支持しているのです。これは議会も同じであり、仏教界の大勢も同じです」
──習近平指導部のチベット政策をどうみるか。
「習近平氏は最高指導者に就任して日が浅い。今後どのような政策をとるか予想することは難しい。ダライ・ラマ法王が言うように、期待は良いほうに考え、備えは悪いほうに考えてやるのが私たちの務めです。焼身自殺した人々の望みは全チベット人の切なる思いでもあるからです。
私が勉強したポーランドもかつては共産党一党独裁国家でしたが、その共産党は国内が暴力的な騒乱に陥ることを避けるため、自ら下野して事態をソフトランディングさせた。中国共産党もすでに民心は離れており、自主的に政権を降りるほうがよい。それが本当に理想的です」
※SAPIO2013年5月号