「地域の活性化」が叫ばれて久しいが、地元が頑張るだけでなく、地方の小中学校に出張授業をアレンジしたり、奨学金を積み立てたりといった企業もある。CSRの一環としての活動だ。そんななか、「一人でも多くの人にミュージカルの楽しさや素晴らしさを伝えていきたい」という思いで、毎年全国8ヶ所でミュージカル公演をおこない、それぞれの都市での観客は全席無料で招待している企業がある。日用品メーカーのエステーだ。同社は「2万人の鼓動 TOURSミュージカル」と銘打ち、16年にわたってミュージカル公演を行っているのだ。
“2万人の鼓動”という表現には、“ミュージカルの公演をつくりあげる行程で関わるスタッフ、キャスト、ステージを観る観客、オーディションへの参加者など、総勢2万人の全ての人たちが「TOURS」の一員として、このミュージカルに参加し、同じ熱い想い、舞台の楽しさを共有できたら”という願いが込められている。この取り組みについて、東日本大震災があった2011年、企業としてもいろいろな対応に追われるなか、当時の社長だった鈴木喬現会長は「何があっても続ける」と即決したという。
今年11年目を迎える公演「赤毛のアン」では、主人公アン・シャーリー(高橋愛)をはじめとするメインキャストと共に、全国の公演に帯同して出演する「全国アンサンブル」と、全国8か所で行われる地元公演のみに出演する「地方アンサンブル」をオーディションで募集。結果によっては、アンの親友であるダイアナの妹、「ミニー・メイ」役に抜擢される可能性もある。
今年のオーディションは、3月22日から29日にかけて、名古屋・大阪・広島・福岡・札幌・仙台・東京の7都市でおこなわれた。この“地方をまわり、地元の子をセレクションする”という部分にも、“全国一人でも多くの人に参加する場を”というエステーの姿勢があらわれている。
オーディションの内容は、歌とダンスで、応募者はその場で示される振り付けを覚え、1時間の練習ののちに本番テストとなる。歌は事前課題が用意されている。当然皆、舞台に立ちたい子ばかりだ。そのなかでの競争となるが、戸田プロデューサーは「落ちたからといって悲観することはまったくない。アンの世界に少し合わなかったとか、そういうこともある。自分をダメだと思わないこと」を強調する。
広島で行われたオーディションを通過した中本愛さん(17)に話を聞いた。ダンスは小学1年生から始めたものの、歌は高校生になってからとスタートが遅く、苦手意識があるという中本さん。課題曲は実際のミュージカルの劇中歌であるため、「ストーリーを表現するのが難しかった」というが、そこはYouTubeなどで動画を見て研究したそうだ。
夢はミュージカル女優。感動させられる女優になりたいという。そんな中本さんに問いかけてみた――人を感動させられるって、つまりどういうこと? 反対に「感動する」を考えたとき、中本さんはどういうものが「感動する」のだろう?
「ぞくっとなること、それが“感動する”ということかな…。昨年、この2万人の鼓動TOURSミュージカルでの『赤毛のアン』を初めてみたとき、あたたかいなと思いました。他のアンも見たことはあったんですが、このアンが良かった。……私にとって“感動”とは、胸の中があたたかくなることです」
考え考え、答えてくれた中本さん。では、何故中本さんは、この公演をあたたかいと思ったのだろうか? 続きは、後日おこなわれた全国オーディションで、リンド夫人役の大和田りつこさんが答えてくれた。
「16年続けてきたベースとして、キャストのチームワークがある。彼女(オーディションで選ばれる子)たちを包み込む地がある。そこに彼女たちが加わり、さらに大きな塊になる。そこから湧き出る愛が大きなパワーとなって、お客様にも届くんじゃないかしら」(大和田さん)
公演は8月11日から8月21日まで、全国8都市でおこなわれる予定だ。