都内の某IT企業に勤めるAさん(41)は、週に1日、在宅勤務が許されている。主な仕事は企業のウェブサイト制作。パソコン1台とネット環境さえ整っていれば、満員電車で会社に通わなくても業務の受発注、作業、納品まですべて完結できる。
だが、いくら自宅にいても役員らを交えた戦略会議は絶対参加で“顔出し”がルール。たまたま在宅勤務日が会議に重なれば、わざわざスーツに着替え、自宅のパソコンに向かってテレビ会議に加わる。
「顔がむくんでいるな。起きたばかりだろ」――。いつも以上に上司の監視も厳しい。会議後も業務の進捗状況を含めて自宅から3度のホウレンソウ(報告・連絡・相談)が義務付けられているという。
目覚ましいIT技術の進歩により、いま時間や場所にとらわれない働き方が注目されている。在宅勤務の形態はテレワーク(離れた=テレ、場所で働く=ワーク)と呼ばれ、週に8時間以上会社の外で作業する人の割合は年々増加して19.7%(2011年国土交通省調査)に及ぶ。総務省も「2015年に700万人」を掲げて在宅勤務を推奨している。
国を挙げてテレワーク人口を増やそうとしている理由は何か。人事ジャーナリストの溝上憲文氏が解説する。
「結果さえ残せば働き方は柔軟に対応する米国式に倣ったものといえます。日本でも在宅勤務で作業効率が上がるとなれば、子育て中の女性や介護従事者、引退した高齢者などの雇用も増えて、経済全体が活性化すると期待されているのです」
シリコンバレーなどIT企業の集積地を抱えるアメリカでは、少なくとも週1日は在宅で勤務している労働者が約1340万人いて、週に8時間以上のテレワーク比率となると、じつに4割に達するとも推計されている。
そんなアメリカでもテレワーク制度の是非が改めて問われ始めている。米ヤフーの女性CEO(最高経営責任者)であるマリッサ・メイヤー氏が、「全社員は肩を並べてオフィスで勤務することを求める」と、いわば“在宅勤務禁止令”を出したからだ。前出の溝上氏がいう。
「結局、アメリカも日本も在宅勤務を認め過ぎてしまうと、いくら情報端末を駆使しようとも、上司と部下とのコミュニケーションギャップが生まれてしまう。そこで組織全体のマネジメント機能が損なわれれば、新しい事業提案が出にくくなり、作業効率もかえって悪くなるのです」
それでもホワイトカラーエグゼンプションなど労働時間の概念を取り払った成果主義が根付くアメリカなら、まだ在宅勤務にも精が出よう。だが、労働時間の制約が厳しい日本においては、冒頭のAさんのように自宅にいても朝9時には「これから仕事に取り掛かります」と、効率無視でいつもと変わらぬ勤務体系を強いられてしまうのだ。
そもそも、日本の管理職の意識を変えなければ、テレワーク制度は目論み通りには広まらない、と溝上氏。
「部下が目の前にいないと安心できず、言葉通り部下の顔を見ながら命令するだけの“管理”しかできないのが問題です。在宅勤務で部下がみな居なくなれば、方向性を示してやる気を掻き立てる真の“マネジメント”が必要になりますが、そんな能力を持った管理職は少ないのが現状です」
さらに、アメリカとは決定的に違うテレワークの障害があるという。
「日本の住宅事情です。子供に部屋を取られて書斎すら持てないサラリーマンの多くは、在宅勤務はリビングですることになります。すると、掃除の邪魔と奥さんには疎まれ、パソコンを開いたままにすれば、大事な顧客リストを遊びに来た子供の友達に覗かれることもあるでしょう。ひょんなことから情報漏洩でもしたら、それこそ一大事です」(溝上氏)
働き方の自由度が増せば増すほど、社員自身の徹底した自己管理はもちろん、社員の裁量に任せる管理職の度量が試される。