栓を開け、グラスに注ぐと芳醇な柑橘系の香りが漂う。これでフルボトル(720ミリリットル)500円前後。コストパフォーマンスの高さに消費者は敏感に反応した。メルシャンが2012年3月に発売した国産デイリーワイン『メルシャン エブリィ』は、年間販売目標の10万ケースを早々と達成する人気ぶりを見せている。
白ワインの開発を担ったのは商品開発研究所の高瀬秀樹。大学院時代は微生物の研究に没頭した無類のワイン好き。「今の仕事は天職」といって憚らない。
『エブリィ』開発は2010年に遡る。同社が行なった、“今後飲みたいお酒”についてのユーザー調査の結果、ワインの注目度が他の酒類と比べて群を抜いて高いことがわかったのだ。
それによると、ワインは銘柄や醸造方法により種類が多く、美味しいワイン選びは難しいというイメージが強くなっていた。そのため高価なワインこそが美味しい、と思われがちで、そのことが障壁となって注目度の割に伸び悩みが続いていると分析されたのだ。
この調査結果を受けて、コストパフォーマンスに優れた美味しいデイリーワインを造ることが決まった。
高瀬は入社以来、白ワイン特有の柑橘香を引き出す研究に携わってきた。柑橘香は、ソーヴィニヨン・ブランや日本の甲州など、世界的に良質で知られるブドウ品種で作られた白ワインに含まれる特徴的な香りのひとつだ。
この香りを引き出すことが“美味しい白ワイン”の目安となる、いわば“魔法の雫”。これまでも世界中の研究機関で研究されていた。厄介なのは、香りがブドウそのものからは発せず、醸造され、ワインになって初めて香るという成分だったこと。
2007年、世界が目指すその抽出方法に高瀬が迫った。「解明できればこれまでにないワインを開発することができるはずだ」
高瀬の研究へのボルテージも一気に高まった。研究の結果、明らかになったのは2点。
●ブドウの果皮に柑橘香の元の成分「前駆体3MH」が多く含まれていること。
●ブドウ果汁に生育した乳酸菌を入れると、柑橘香を増強する威力があること。
「これだ! ブドウの果皮から香りの元を効率よく抽出したブドウ果汁を作り、ワインの原料にしよう」
編み出したのは【1】柑橘香の元の成分を強化した果汁製造技術、【2】柑橘香を増強させる醸造技術をかけ合わせることで、従来のソーヴィニヨン・ブランによるワインに比べ、約50倍も柑橘香を強化したワイン原酒が誕生した。
●取材・構成/中沢雄二(文中敬称略)
※週刊ポスト2013年4月26日号