【書評】『ハピネス』桐野夏生/光文社/1575円
【評者】福田まゆみ(フリーライター)
桐野夏生の描く世界はおどろおどろしい。『OUT』では、弁当工場に勤める主婦たちが、DV夫を殺した同僚の主婦に同情し、共謀して遺体を解体し遺棄する。東電OL殺人事件にヒントを得た『グロテスク』 では、女にとって美貌がいかに価値と序列を生むかを、それこそグロテスクなまでに辛辣に描く。
そんな強烈な作風の桐野夏生が、主婦は主婦でも、一見天下泰平なセレブ主婦の世界を描いた。主人公の岩見有紗は江東区の埋め立て地に建つ“タワマン”(高層のタワーマンションのこと)に3才の娘とふたりで住んでいる。夫は海外に単身赴任中だ。地方出身の平凡な有紗にとって、地上29階のタワマン暮らしは優越感と虚栄心をくすぐる。
彼女は、同じタワマンに住むおしゃれママたちのグループに入っている。上品でスマートなつきあいだが、一皮むけば、同じタワマンとはいってもどこの棟か、階は(棟や階によって価格は大きく違う)、いやそもそも分譲か賃貸か、旦那の職業は、稼ぎは、持っている車は、などそれぞれのスペックを探り合う。
さらには、身につけている洋服やアクセサリー、小物など、頭のてっぺんから足の先まで値踏みして上下関係を定める。まさにタワマンにおけるカースト制の中で暮らしているのだ。
当然ながら、有紗はときどき息が詰まる思いをする。彼女は、タワマンの中でも最高級の部屋に住むママ友のリーダーと自分を比べる。自分の部屋は明らかに格落ちだし、しかも賃貸だ。分譲組が大半のママ友の中で劣等感を感じていた。
そんなある日、同じグループの中で、例外的にタワマン暮らしではないママ友からあることを耳打ちされてショックを受ける。「タワマン暮らしじゃない自分と、賃貸暮らしの有紗は、彼女たちにとっては単なる公園要員に過ぎない」というのだ。
その後、ママ友の間にはひと波乱があり、有紗の境遇にも大きな変化が訪れる。しかしそのドラマは、今までの桐野作品に比べれば、コップの中の嵐にすぎない。むしろ、見栄や外聞を気にするセレブママたちの、オブラートに包んだ上品な毒を描くことにこそ、桐野の真骨頂がある。
それにしても、寝坊して朝食に娘とインスタントラーメンを食べたことを娘に口止めしたり、田舎出身を引け目に感じて、旦那の実家の町田を自分の実家だと偽ったりと、タワマンのセレブ暮らしはずいぶんとせちがらい。
※女性セブン2013年5月2日号