2月16日、台湾人の資産家・陳進福氏(79)とその妻(57)が失踪。ほどなく2人は台湾北東部・新北市八里区の川辺から水死体で発見された。胸部に多くの刺し傷があったことから、警察は殺害後、川に捨てられたと見て捜査を開始。夫妻が失踪の直前に立ち寄ったカフェの女店長が殺人容疑で検挙された。
女店長は、陳氏が沖縄の那覇に持っていた別宅を売って得た500万台湾ドル(約1644万円)を奪おうとしたと主張するも、その後供述は二転三転。一部の台湾メディアの記者たちは、ただの金銭トラブルではなく、背景に「沖縄の無人島」問題があったとのではないかと疑っているという。
「沖縄の無人島」とは、西表島の北西2kmに位置する外離島、内離島の2島。陳氏は、1980年代に知人からこの2島を購入した。一部の台湾メディアは、陳氏が死の直前に香港の開発集団から「島を買いたい」との打診を受け、交渉の最中だったと報道。さらにケーブル局の東森テレビは、「香港の開発集団は中国の軍関係者の指示で購入を図ったのではないか」と指摘、殺人事件と島の売買との関連性を示唆している。
事件と売買交渉との関係は分からないままだが、地元沖縄ではこの島が中国に買われるリスクを懸念する声も高まっている。八重山防衛協会事務局長を務める砥板芳行・石垣市議は、こう指摘する。
「2島に近い西表島西部には、タンカーなどの大型船舶が入港できる船浮港があり、国際避難港にも指定されている。戦時中はここから入港しようとした外国船を迎え撃つために、島には砲台が備え付けられた。現在、石垣島に自衛隊駐屯地を置く計画が進んでいますが、その目的はこうした無人島を含む島嶼防衛の強化にある。そんななか、島が中国に買収されることには危機感を持たざるをえません」
とりわけ、この2島が重要とされるのは、北東160kmの距離に尖閣諸島を望む場所に位置するからだ。昨年には、戦略的重要拠点が外国人に買収されることを危惧した防衛省の関係者が、現在政府高官を務める自民党の有力議員の協力で、この2島に関する調査を行なっている。2島の問題は尖閣諸島にも関わってくる。
そうしたなか、一部台湾メディアは今月に入り、今回の事件に関連して「日本政府側からも島買収の打診があったが、陳氏は断わっていた」と報じ始めたが、日本側にそうした動きはいまのところない。島嶼防衛に詳しい軍事ジャーナリストの井上和彦氏によれば、「軍事基地を作れる敷地はないため、日本政府が買収するメリットは考えづらいが、中国に買われれば、特殊部隊の潜伏先となる危険性などが生じる。自衛隊や海上保安庁はそうした懸念を抱いている」という。では、なぜ日本政府が買収という話が飛び交ったのか。台湾在住のジャーナリスト片倉佳史氏の指摘は実にきな臭い。
「この報道は、『殺人事件も日本政府の陰謀ではないか』との憶測とともに紹介された。憶測としてもあり得ない話で、何らかの情報操作ではないかとの疑いがある。台湾メディアでは、このように日本陰謀論を持ち出すほか、大多数のメディアは『陳氏と容疑者の女店長との痴情のもつれがあったのではないか』とワイドショー的に騒ぐだけ。
その一方で、中国側と陳氏の売買交渉がどうなっていたかという点については報道が尻すぼみしている。多くの台湾メディアには中国資本が入っているから、中国との問題は報じづらいのではないか。台湾の公安関係者も『警察で処理できる話ではない』といっていた。このまま真相がうやむやになってしまうことを危惧しています」
※週刊ポスト2013年5月3・10日号