「なぜ日本人は西洋の美術に目を向けるのか。日本には葛飾北斎がいるではないか。私は、北斎はレオナルド・ダ・ヴィンチを超えていると思う」
浮世絵研究家であり、膨大な数の春画を蒐集したリチャード・レイン(1926~2002年)は、日本の春画の高い芸術性に最大級の賛辞を送ったという。
母国アメリカの大学で日本文学を専攻していたレインは終戦直後に来日。東京大学や京都大学などの大学院で国文学を学ぶうち、当時の日本では発禁本として扱われていた春画の魅力に惹かれていく。
国内外での執筆に加え、名門コレクターの顧問なども務めたレインは、菱川師宣記念館の創立を援助して紺綬褒章を受賞。また浮世絵研究家の林美一を始め、作家の三島由紀夫、江戸川乱歩、晩年の永井荷風らとも親交があった人物だ。
そんなレインは優秀な研究者であると同時に、大変熱心な春画の蒐集家でもあった。一流絵師の春画の版は60~70枚程度摺られたが、線がシッカリしているのは初期に摺られたもの。一目で違いがわかるものではないものの、レインはこの“初摺り”に強いこだわりを見せた。
レインが所蔵する葛飾北斎の『縁結出雲杉』も初摺りだが、この完全版は日本の著名研究家でさえも見たことがないというレアな作品。世界中のコレクターにパイプを持つレインだからこそ、入手できた逸品なのだ。
彼のコレクションには葛飾北斎や菱川師宣ら著名絵師だけでなく、知名度が劣る絵師も名を連ねるのが特徴。レインは「二流の作家のほうが一流の作家よりも好奇心をそそる場合がある」と語っており、杉村治兵衛や礒田湖龍斎といった個性的な描写の春画家も好んだ。
そんな彼のコレクションが所蔵されているハワイのホノルル美術館では、今年から2回にわたり『春画展』を開催予定。レインコレクションは彼の死後も、春画の素晴らしさを訴えているのだ。
※週刊ポスト2013年5月3・10日号