発売1週間で100万部を突破した村上春樹氏の新刊『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』。ファンの間では、装丁に20世紀アメリカを代表する画家、モーリス・ルイスの作品が使われていることも話題となった。昨今、現代アートの展覧会も増えており、たとえば3月まで東京・六本木ヒルズ内の森美術館で開催されていた「会田誠展 天才でごめんなさい」は大きな反響を呼んだ。“難解”と称されがちだった現代アートが、身近に楽しむもの、直に刺激を受けるものに変わりつつある。
現代アートの興隆において注目すべきは、地方の取り組みが活発化していることだ。数年前から各地で様々な芸術祭が開催されるようになり、着実に認知度を上げている。その先駆となったのが「大地の芸術祭 越後妻有(つまり)アートトリエンナーレ」だ。
トリエンナーレとは、イタリア語で「3年に1回」を意味する。つまり、3年に1回開催される芸術祭のことだ。2000年から始まったこの祭典は、世界有数の豪雪地帯である新潟県の越後妻有地域(十日町市・津南町)すべてが、展示会場となる。
廃校になった校舎、美しい棚田、長閑で昔ながらのあぜ道――自然と人間がともに暮らす「里山」に、現代アート作品が並ぶ。立ち現われるのは、アートと自然と人間が融合した、ここにしかない空間。国内外の人々の心を掴み、第5回となる2012年は、過去最高となる49万人を動員した。アートを通して、過疎化した地域の再生を実現している。
越後妻有の総合ディレクターを務める北川フラム氏が手掛けるもう一つの芸術祭が、「瀬戸内国際芸術祭」だ。第2回となる今年は、春・夏・秋と3期に分けて開催される。“山”が舞台となる越後妻有に対し、瀬戸内の舞台は“海と島”。直島、豊島、女木島、男木島、小豆島など、瀬戸内海の12の島々と港に、現代アート作品が点在する。2010年は国内外から約94万人が訪れるという、一大イベントに成長した。
他にも、昨年、大分県の別府では、現代芸術フェスティバル2012「混浴温泉世界」が開催。“混浴”といっても男女の混浴にあらず、この言葉には、“多様な価値観の共存”という意味が込められている。今後は、8月から愛知県で「あいちトリエンナーレ」が、来年は「横浜トリエンナーレ」が予定されているなど、全国津々浦々、アートイベントが目白押しだ。
こうした現代アート人気の背景について、アートライターの藤田千彩氏は次のように語る。
「いま、地方の町おこしといえば、アートかB級グルメ。そう言われるほど、町おこしのプログラムに、アートが用いられるようになっています。
発端は、越後妻有の成功ですね。現代アートは人を呼べるらしいと、他の自治体も注目しました。そして各地で『トリエンナーレ』『ビエンナーレ』(2年に1回)が開かれるようになると、サーカスが巡回してくるようなイメージを持つ人が増えたんですね。あそこで話題になっていたイベントがウチにも来たから行ってみようと。あるいは、別のも行ってみようと。実際は、祭典ごとにコンセプトも作品も異なるのですが、各地での開催が、相乗効果を生んだようです。
また地方のイベントは、食や自然、場所によっては温泉など、アート以外の魅力も豊富です。かならずしもアートが目的でなくても楽しめる点も、人気の秘訣だと思います」
また、美術界の大きな潮流も影響しているようだ。
「2000年代に入って、アートは“見る”から“買う”ものになりました。たとえば奈良美智さんや村上隆さんなどの作品が、とりわけ海外で、高額で取引されるようになったのです。アート市場には、中国など新興国も積極的に参入し、“より新しいもの”を求める動きが高まりました。その結果、現代アートはどんどん買われ、流通し、一般の人の目に触れる機会が増えていったのです。アートバブルと化し、2008年ごろがピークでしたが、現在もこうした流れは続いています。
もう一点、“キュレーター”の誕生も影響しています。様々な分野で使われるほど普及した言葉ですが、美術用語では、キュレーターとは『展覧会を企画する人』を指します。美術大学には、90年代後半から、このキュレーターを育てる学科が置かれるようになり、キュレーターたちが、世にどっと出るようになりました。彼らの本分は企画ですから、ピカソや印象派より、やっぱり新しい企画をしたいよねと考える。そうして、同時代のアーティストである現代美術の企画展が増えていったのです」
このGWも、各地で現代アートのイベントが開かれている。
【最近の主な芸術祭】
大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ
■http://www.echigo-tsumari.jp/
瀬戸内国際芸術祭■http://setouchi-artfest.jp/
あいちトリエンナーレ■http://aichitriennale.jp/
横浜トリエンナーレ■http://www.yokohamatriennale.jp/
神戸ビエンナーレ■http://kobe-biennale.jp/
中之条ビエンナーレ■http://nakanojo-biennale.com/
西宮船坂ビエンナーレ■http://funasaka-art.com/
【写真】鉢&田島征三・絵本と木の実の美術館 2009年 撮影:宮本武典+瀬野広美