新入社員や異動組がそれぞれの部署に配属され、仕事が回り出す時期。決まって人事部から聞こえてくる話題は、「今年の学生はここが足りない」「このメンバーで営業効率が上がるのか」といった不平不満だ。しかし、そもそも企業の採用基準や上司・部下のマッチングがうまく機能していたのか。『統計学が最強の学問である』(ダイヤモンド社刊)の著者である西内啓氏が、統計学を活用できない日本企業の盲点を鋭く突く。
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――企業の採用試験でよくSPI(適性検査)が使われますが、一般教養が広く大切か、得意分野でズバ抜けた才能が必要かは常に問われるところです。
西内:言語能力や数学能力を広く評価して、何となくSPIの点数が高いことが採用基準になったりしますよね。確かに一般的知能はすべての値と相関するはずなので、押し並べて高得点なら知能指数も高いとは言えますが、それは非常にもったいないやり方です。
数のセンスは要らないけれど言語能力が求められる仕事だったり、一般教養がなくても体で覚えれば活躍できる仕事だってたくさんあります。いろんな仕事や従業員の多様性を考慮しないで採用してしまうと、本当に力を発揮する必要な人材を取りこぼすことになるのです。
――志望学生と会社が欲しい人材のマッチングがうまく行われていない気がします。
西内:日本人はもっと統計学の知恵をうまく使えばいいと思います。例えば子供のころにやった知能検査。日本で主流になっているビネー式は、フランスのアルフレッド・ビネーらによって開発された発達遅滞児の診断法が基になっています。その後、統計学的な検討もされていますが、そもそも知性とは何かという定義が用いようとする目的に合っているのかどうか。
心理統計学の領域において知性の定義にもさまざまなものがありますが、その中で特にどのような種類の知性が求められているのかは、業務の内容や環境によっても変わってきます。これは知性だけに限った話ではなく、例えば上司のリーダーシップなどについても、絶対的な正解があるわけではなく、状況や部下との相性などで有効なものが変わるということも統計学的な実証がなされていたりもします。
決まりきった作業をするのに強いリーダーシップはいりません。むしろ重要なのは、感情面でのサポート、つまり優しくフレンドリーな上司のほうが生産性が上がるという結果が示されています。一方、抽象度の高い仕事が求められる部下は最初何をやっていいのかすら分かりません。そういった場合、リーダーがきっちりラインを引いて、一人ひとりに明確な役割を与えたほうが生産性は高まるそうです。
――西内さんは小売業界などに統計学を用いた経営コンサルもしていますが、それが浸透すれば、人材の有効活用も含めて経営効率は上がってくるのでしょうか。
西内:皆さんがもっと統計学のリテラシーを持てば、産業自体は活性化します。アメリカのビジネススクールで絶対に教える日本語がひとつだけあります。それはトヨタ生産方式として知られる「カイゼン(KAIZEN)」です。
もともと「改善」とは、戦後、アメリカが日本に送り込んだ経営学者であり統計学者のW・エドワーズ・デミングが、工場の生産プロセス、つまり数値と取って変化を見て改善点をみなで議論しなさいと指導した手法です。デミングはもともとアメリカ国内で強い影響力を持っていたわけではなかったのですが、日本でその考え方があまりにも成功したために、アメリカの製造業も遅れてキャッチアップしてきた歴史があります。
――日本ではかなり改善活動も進んでいるように見えますが、もっと統計学をビジネスに応用しなければ生産性は上がらないと?
西内: 改善や「見える化」の比較がまだ不十分だと感じます。儲かっているときとそうでないときの違いは何なのか。売り上げを上げるセールススタッフと上げないスタッフはどこが違うのか。その比較ができていないので次のステップにいけません。
例えば、タイプ別の顧客を何十人かずつ掴まえてくれば、そのうち何パーセントが、平均いくらの売り上げにつながったのかといったデータは取れるでしょう。すると、顧客リストをもっと増やすという仕事に対してどれだけの利益が見込めてどれだけのコストをかけられるのか、またどのようなタイプの顧客にフォーカスすべきなのかが見えて、意思決定がしやすくなると思います。
【プロフィール】
西内啓(にしうち・ひろむ):1981年生まれ。東京大学医学部卒業(生物統計学専攻)。その後、同大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野助教やダナファーバー/ハーバードがん研究センター客員研究員などを歴任。現在、調査・分析などのコンサルティング業務に従事している。著書の『統計学は最強の学問である』(ダイヤモンド社刊)は発行部数25万部を超えるベストセラーに。
【撮影】横溝敦