大師前の角打ち屋として全国の角打ちファンに知られる『伊勢末酒店・赤ちょうちん』。なんといってもそのたたずまいが、訪れた者の胸にかなりの衝撃で迫ってくる。
東京足立区にある厄除け、火伏せなどのご利益で知られる西新井大師。赤茶色の錆があちこちに浮き、遠くなった昭和の味を思い出させる面構えのこの店は、その参道の途中にある。
「昭和10年頃にはこの場所で酒屋を始めてたみたいだし、何年前か忘れたけれど(笑い)、私がお嫁に来た(群馬県出身)ときは、もう角打ちもやってましたね。建物?昔のまんまですよ」と、伊藤静江ママ(71)。
噂を聞いてやって来た遠来の客のなかには、「こりゃ、シュールだね」と感嘆のつぶやきをもらしたり、「ここだここだ。まるで映画のセットのようじゃないですか。この中で飲むなんて、興奮しちゃって、いつもより早く酔っ払うかも」と、笑顔をこぼしたりする者も少なくないという。
しかし客の9割9分を占める常連は、これとは対照的に、表情も変えず、言葉も発しないで、店に入っていく。しかし、彼らの心の中を知りたくて、ママに「店を建て替える予定はないの」と尋ねてみると、ちょっと面白い展開になった。
「宝くじでも当たったら、それは考えようかね」とのジョーク混じりのママの返事を聞いて、居合わせた彼らが一斉に言葉を発したのだ。
「そりゃあだめだよ。ほとんどが昔から通っている古い客ばかりなんだから、店が新しくなったらこっちが落ち着かないだろ。釣り合いってもんがあるんだ。年寄りには、この古さが癒しになるんだよ」(60代サラリーマンOB)
これが全体を集約した意見。面白いことに、それまでてんでんばらばらに飲んでしゃべっていたのに、肝心な場面になると、ぴたりと意見が一致するのが、この店に集まる彼らの特徴のようだ。