ライフ

乙武洋匡教諭が教室の一番目立つ位置に書いた7文字とは?

【書評】『自分を愛する力』乙武洋匡/講談社現代新書/790円

【評者】さわや書店フェザン店・松本大介

 今から15年前、大ベストセラーである『五体不満足』(講談社)が出版されて間もなく、新宿駅構内で著者である乙武洋匡さんを見かけた。時間にしてほんの十数秒、姿を目で追っただけの、邂逅というのも憚られる一方的な出会いで、それでも強く印象に残っているのは、その佇まいのよさである。ニコニコと柔和な表情をたたえながら、ゆっくりと進んでゆく彼の前で人波が割れる…。

 本書は、彼の生い立ちと、今は亡き父親に関するエピソード(これがまた泣かせる)を導入部に、『五体不満足』で脚光を浴びてのち、15年という歳月を経て、あらためて「気づいたこと」が綴られている。

 その間、なお精力的に活動をし続けた氏は、スポーツライターという肩書をかなぐり捨て、小学校の教師を経験し、ふたりの男の子の父ともなった。「障害」すら個性だと笑い飛ばす乙武洋匡その人が、教育の現場で絶対的に足りないと感じ、いちばん伝えたかったこと。それは「私」が「私」であることを肯定できるだけの自信、かけがえのない「自己肯定力」というものを、子供たちに持ってもらうことである。

 例えば、彼が立つ教壇の右上の壁、黒板に向かって座る子供たちが、常に目に入る場所には、自ら筆をとり、六十八億分の一(1/6800000000)と手書きされた紙が貼られていたという。ピンときたかたも多いと思うが、68億という数字は、当時の世界総人口数である。

 たったの7文字で、子供たちは、自分という特別な存在を意識すると同時に、世界へと想いを馳せる。読み手の私も、教室で授業を受けているような錯覚とともに悟る、自分を愛する力とは、すなわち他者をも肯定する力を得ることなのだと。

 著者と同世代の私も、失われた20年という、訳もわからぬ喪失感を植えつけられて、多感な時期を過ごし、社会へと放り出された。希望に乏しいわれわれの世代が、次世代に伝えられる明るい道を示し導ける貴重な存在…そうか、彼はモーセであったか。そりゃ、人波も割れるな。

 新宿の雑踏のなかで、周囲から無遠慮に浴びせられる、好奇を含んだ視線をはねつけるでもなく受け入れ、ただ自ら存在することをもって由とするあのときの姿に、彼が本書で伝える大切なことが、ピタリと重なった。

※女性セブン2013年5月9・16日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

経営モットーは、「(現場を)軽く野放し」と語っていた港社長(時事通信フォト)
《500日以上も隠蔽か?》中居正広の女性トラブル把握後も新規の出演依頼をしていたフジテレビ 港浩一社長は「接待文化の中心にいた人物」
女性セブン
不倫報道があったDeNA・東克樹投手(時事通信)
「負けず嫌いだけどDMナンパ好き…」不倫報道のDeNA東克樹「学生時代の評判」お相手セクシー女優は「月15本は撮影をこなす売れっ子」
NEWSポストセブン
10月1日、ススキノ事件の第4回公判が行われた
「私が女王だ」「あんたに決定権はない!」田村瑠奈被告の“まるで暴君”異常な父娘の会話データ【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン
1月18日に亡くなった竹内さん(左)と斉藤知事(右・時事通信フォト)
《兵庫県知事騒動で新たな“被害者”》元兵庫県議・竹内英明氏が死去、辞職後も続いた誹謗中傷 脅迫電話におびえ、「怖くて家から出られない」と漏らしていた
女性セブン
ひし美ゆり子『ひし美ゆり子写真集 All of Anne:2021』(2021年/復刊ドットコム)
「アンヌ隊員」ひし美ゆり子、「10代最後の記念」手塚さとみ、「へそだけは見せない」由美かおる…日本社会に大きな活力を与えた「1980~90年代のグラビア写真集」ガイド
週刊ポスト
「ロマンス詐欺」で男性から現金をだまし取ったとして逮捕された
「超売れないホストを1億円プレイヤーに…」“第2のいただき女子”井田しずく容疑者(28)の「不可解な金の流れ」と「寂しすぎる人間関係」《再逮捕》
NEWSポストセブン
みのもんた
【独占】みのもんたが焼き肉店から緊急搬送、一時意識不明の重体 肉を喉に詰まらせて 窒息状態に
女性セブン
『金スマ』が放送終了へ(TBS公式サイトより)
《TBSも社内調査へ》中居正広『金スマ』謎の赤い衣装の女性100人の正体「鉄の掟」と「消えた理由」
NEWSポストセブン
ゴルフタレント・なみきとラウンドデートをしていたSnow Man向井康二
《おそろいのスマホケースでは?》Snow Man向井康二とデート報道の美女、ファンがザワつく「匂わせ」と“過激プレイ”
NEWSポストセブン
スキンヘッドの渋谷容疑者(2006年に行われた会見)
《東大和占い師》「ディズニーアニメに憧れてハーレム生活」「死を回避するには性交」渋谷博仁被告(76)が死亡…消えた“贖罪”と信じがたい“事件の真相”
NEWSポストセブン
田村瑠奈被告
「意気投合したM男とプレーすると言い張って…」田村瑠奈被告がノリノリで被害男性とは“別の男性”とホテル入室 「朝になっちゃうよ」と父・修被告は忠告も「2時間後ねーシーユー」【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン
サガン鳥栖で活躍する福田(本人Instagramより)
《5年ぶり2度目の女性トラブル》人気Jリーガーが中絶・不倫騒動 インスタのDMで「会いたい」…以前語っていた「反省してもう一度やり直す」はどこへ
NEWSポストセブン