美術初心者には少々敷居が高いと思われがちなナマの日本美術を見に行く「大人の修学旅行」。「日本美術応援団」の団長を務める明治学院大学教授の山下裕二氏と『新日曜美術館』(NHK)の司会も務めていた女優の森口瑤子さんが、向かったのは「狩野派」の中でも異色の実力派として知られる「狩野山楽・山雪」展を開催中の京都国立博物館だ。
ナマで見ると本当に波が流動しているかのように迫ってくる狩野山雪の『雪汀水禽図屏風』の前で2人は歩をとめた。
森口:美しいのにどこか寂しくて、でも奇妙な……不思議な感覚です。
山下:“津軽海峡冬景色”って感じでしょう? 冷え冷えと凍り付いたような。金銀の世界だけれど、岩や松は垂直・水平が強調されて、どこか得体の知れない気味の悪さもある。
森口:波に凹凸があるのかしら、絵に近づくと、3Dみたいに波が動いているように感じます。
山下:すごいでしょう。波紋は一筋ずつ盛り上げて描かれているんです。胡粉(貝殻でつくった顔料)をにかわで溶いて、それを何度も塗っては乾かし厚く盛り上げていく。その後で銀泥を塗っているんですね。
森口:職人技ですね。
山下:さらに墨を全面に塗ってから、拭き取っているそうです。凸部分の墨は拭き取られ、凹の溝部分には墨が残り、よけいに立体感が強調されて見えるんでしょう。究極の工芸美ともいえる、山雪の傑作です。
森口:山雪は、山楽の弟子ですよね? どことなく山楽の方が雰囲気が明るい感じがします。
山下:そうそう。実は、山楽は桃山時代の天才と謳われた永徳のスタイルをしっかり受け継いだ画家なんですよ。『龍虎図』はいかにも桃山的な豪快さで永徳を受け継いだ山楽らしさが出ていますね。
森口:それに比べると、山雪はすごく直線的な描写が多いですね。
山下:山雪になると極端な幾何学的構成が見られますね。キーワードは水平と垂直、そして斜め45度の線。作り物っぽいというか、ある種の気味悪さみたいなものが山雪の絵の魅力でもある。僕はそれがとても好きなんです。山楽よりも、むしろ山雪の方が好きですね。
撮影■太田真三
※週刊ポスト2013年5月17日号