政権党の実力者を標的にした「日本政治史に残る疑獄事件」は、やがて「特捜検察史上最大の失態」であることが明らかになった。国政を左右するほどの影響を与えた以上、この「冤罪事件」の総括はきちんとなされなくてはならない。ところがその当事者は、実に不可解な形で“無罪放免”となった。
「不起訴不当」──文字の意味と実態が、これほど真逆な言葉は珍しい。
「不起訴が不当」ならば、誰もが「不起訴を撤回して起訴する」と解釈するだろう。しかし、実際には「不起訴処分が確定する」という意味になるのである。
4月22日、東京第1検察審査会(検審)は、虚偽有印公文書作成などの容疑で刑事告発された田代政弘・元検事(懲戒処分後、辞職)について「不起訴不当」とする議決書を公表した。
田代氏の容疑は、小沢一郎・生活の党代表の資金疑惑捜査の際、小沢氏の元秘書だった石川知裕・代議士の取り調べに関して「虚偽の報告書」を作成したというものだ(※注1)。
虚偽報告は捜査への信頼を揺るがす大問題だが、それ以上に大きいのは、この報告書が国政さえも左右する材料となったことだ。
2010年2月、東京地検特捜部が不起訴とした小沢事件は、市民団体の申し立てによって検審(東京第5検審)で審査され、同年4月と9月に「起訴相当」議決が下った。「起訴相当」と「不起訴不当」は同じような意味に聞こえるが、全く違う。前述のとおり「不起訴不当」は不起訴が確定するのに対し、「(2度の)起訴相当」は自動的に強制起訴となり、容疑者は刑事被告人となる。
民主党は小沢氏が2011年1月に強制起訴されたことを受けて、同氏の党員資格を停止し、小沢氏は昨年11月まで約2年間にわたって政治活動を制約された。小沢氏を排除した民主党は、党内対立を激化させた末に先の総選挙で敗れ、自民党に政権を明け渡した。小沢検審の「起訴相当」議決は、政治家・小沢一郎のみならず、国の行方までも変えたといえる。
田代氏を「不起訴」にした理由は何なのか。もちろん田代氏が、虚偽報告書という“重要資料”を作成し、小沢氏の強制起訴を実現させた“功労者”だという要素はあるだろう。だが、それよりも大きな理由があるという。
「田代が刑事被告人として法廷に立った時、何を喋るかわからない。前田の件は検察に大打撃となった。万一、同じことが起きれば検察は二度と立ち直れない」
ある検察OBはそう口にした。「前田」とは、村木事件(※注2)の際に証拠改竄を行なったとして起訴された前田恒彦・元検事(実刑を経て満期出所)のことである。小沢捜査にも関わっていた前田氏は、小沢裁判の際に「特捜部は妄想を抱いて夢を語っていた」と、小沢事件が特捜部の暴走であったことを証言した。
仮に被告人となった田代氏が、前田氏と同様の暴露をする事態となれば、もはや小沢事件が司法・検察の「小沢抹殺」であることが誰の目にもわかってしまう。
田代氏の取り調べテープを録音し、虚偽報告書であることを証明した石川知裕・代議士が語る。
「田代さんの審査では、検察側が強制起訴にならないような証拠だけを提出していたと思います。そうして彼の不起訴不当が決まった。
法廷で明らかにする機会は失われましたが、それでも田代さんが真実を話すことが大切です。虚偽報告書の作成は、田代さんの独断ではないでしょう。“検審に小沢一郎を強制起訴させるためには、小沢の印象を悪くする操作が必要だ”と考えた検察組織の中で、たまたま田代さんが私の取り調べを担当した。
そして、録音テープによって田代さんは検事の職を失うことになった。彼は私のことを恨んでいるかもしれませんが、私自身は田代さんに同情的です。彼が自ら真実を話すために協力したい」
【※注1】2010年5月、田代検事が石川氏を聴取した捜査報告書には「『選挙民を裏切ることになる』と検事にいわれ、(小沢氏の関与を認める)供述を維持した」と記され、その報告書は小沢事件を審査する検審に提出された。だが、この取り調べ時に石川氏が録音していた記録にそうしたやり取りがなかったことが、後に小沢氏の公判中に明らかにされた。田代氏は刑事告訴されたが「記憶が混同した」と説明し、検察は不起訴とした。
【※2】大阪地検特捜部は2009年、広告会社が郵便割引制度を悪用して多額の郵送料を免れたとする郵便不正事件に、厚労省局長の村木厚子氏が関与していたとして逮捕。だが、後に担当検事だった前田恒彦氏が証拠のフロッピーディスクを改竄していたことが発覚。前田氏は証拠隠滅罪で逮捕され、村木氏は無罪となった。
※週刊ポスト2013年5月17日号