新聞やテレビでニュースに触れると、いくつもの常套句に接する。お決まりの言葉として、とくに気に留めずに読み流し、聞き流してしまうことが多いその常套句に潜む危険性について、ジャーナリストの長谷川幸洋氏が指摘する。
* * *
今回は久しぶりに新聞やテレビが使う常套句を採り上げよう。それは「道筋を示せ」だ。これは非常に便利な言葉で、財政再建から景気回復、安定成長、電力の発送電分離、子育て支援に至るまで、ありとあらゆる政策課題について、政府に注文をつける際に使われる。最近では、こんな具合だ。
「ラガルド専務理事は、日本について『日銀が最近打ち出した金融緩和は前向きな一歩だ』と評価する一方で、『日本には巨額の公的債務の削減と、経済成長をもたらす構造改革など一段と野心的な計画が必要だ』と述べ、金融緩和にとどまらず、財政再建の道筋や成長戦略を速やかに示すよう、対応を促しました」(NHK、4月19日付ネット配信)
国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事が日本の経済政策についてコメントした言葉について、NHKの記者が翻訳した際に付け加えた。
道筋というのは目標達成に至る経路だから、それを示せというのは「どういう具合に目標を達成するのか、をあきらかにせよ」という話である。たしかにゴールまでの道を示してもらえば、読者や視聴者はなんとなく「ああ、そうか」という感じになる。
だが、注意しなければならない点がたくさんある。
まず当たり前だが、政府が計画を作ったところで、その通りになる保証はどこにもない。もっともらしい道筋さえ示せば、政府は仕事をしていると評価できるのか。とんでもない。政治は結果だ。出来上がりの姿を見るまでは、なんとも言えない。
次に、計画はあくまで計画にすぎない。とくに経済は生き物で、日々状況が動いていくから、実は計画も現実に合わせて修正していく必要がある。つまり最低でも1年経ったら見直す必要があるのだ。そこで何がどう修正されたか、見極めねばならない。
逆に「計画だから」といって「どうせ夢物語」と受け取るのも危険だ。とくに国民に負担を強いる増税とか官僚が甘い汁を吸うための新事業のような話は、言葉を濁してすっと計画の文案の中にしのび込まされる。その文書が閣議決定でもされようものなら、官僚の世界では事実上、決定したも同然だ。
先のラガルド専務理事が言及した財政再建については、20か国・地域財務相・中央銀行総裁会議(G20)に出席した麻生太郎財務相がワシントンでの記者会見で「年央に中期財政計画を策定する」と述べたうえで「予定通りに消費税を引き上げる決意を(会議で)説明した」と語った。
国際会議での閣僚発言や記者会見は閣議決定ほどではないが、それなりに重みがある。メディアが必ず「国際公約した」と書くからだ。
記者が専務理事発言を引用する形で「道筋を示せ」と言った後で、麻生財務相が「予定通り増税する決意」と受けた形になったのだから、少なくともメディアの世界では「増税は秋を待たずにセットされた」という話になる。財務省はもちろん大喜びだろう。
道筋を示すのは、政府にコミット(約束)を促すという意味で重要だ。一方で、日本は計画経済の国ではないのだから、現実にはその通りになるとは限らない。増税で言えば、いまの段階で「増税します」などと決め打ちで言う必要はない。
せっかく上向きになってきた景気の腰折れを招かないかどうか、秋にしっかり情勢を見極めることが重要である。メディアはそこも伝えるべきだ。
※週刊ポスト2013年5月17日号