そこに一歩足を踏み入れた瞬間、不思議なほどの胸の高鳴りを覚えたことはないだろうか。スタジアムには、野球ファンであるなしを超えて人々を惹きつける“磁力”がある。人が集まればそこにビジネスが生まれる。野球場は感動をつくる場であると同時に、巨大ビジネスの発信地といえる。
そして、その最大の成功例が福岡ソフトバンクホークスの本拠地「ヤフオクドーム」である。年間売上250億円。これ以上の売上を記録するのは世界でもニューヨーク・ヤンキースだけだという。成功の秘密はどこにあるのか。
今回、これまで完全非公開を貫いてきたスタジアムの裏側に潜入することができた。そこには数々の驚くべきアイディアがあり、500人にものぼるスタッフが球場を支えていた。
午後2時過ぎ、グラウンドで練習が始まると球場が動き出す。AVコントロール室では、日本初の5面巨大ビジョンの映像テストが開始される。映し出される大迫力の広告にはクライアントが殺到。以前の固定式看板に比べて数倍に伸びたというのだから驚く。
ビジターチームの練習が始まる午後4時を回ると、どこからともなく食欲をそそる焼きそばの匂いが漂ってくる。以前は冷凍食品を温めて出すだけだったが、店頭で調理するようにした。これで売上が2倍になったという。試合前の始球式にも“仕掛け”がある。実はこのイベントもスポンサー販売されており、今シーズンのホームでの試合はほぼ売約済みという売れ行きなのだ。
観客の満足度を高めることが収益に結びつく──この原則を実現するために日々知恵を絞る。オフィシャルダンスチーム「ハニーズ」は試合前、招待された9人の子供を各ポジションに連れて行く。選手たちは守備につく際、その子供たちにボールをプレゼントする。こうしたファンサービスをするのはホークスだけだ。
また、ホークスが試合に勝てば8発の花火が勝利を祝い、ドームの天井が開く。ドーム内で花火を見ることができるのはここだけだ。高さ84mのドームの天井裏では、花火師がトイレも我慢してひたすら試合の行方を見守る。一方、集中制御室ではドームの開閉のスイッチを押すために担当者がスタンバイしている。すべて球場に足を運んでくれた観客のためである。
感動をつくる舞台装置(=野球場)のウラ側を知れば、野球観戦はさらに楽しくなる。
撮影■太田真三
※週刊ポスト2013年5月17日号